◎夕涼み(上)

039 2004/06/27



祝5000HITお題雑文  ◆たまき様よりお題提供

 :雑文の題名 「夕涼み」
 :雑文挿入指定「突然の雨」←「夕涼み(下)」にて使いました。


 そろそろ日が暮れかけようとしている。祭囃子が聞こえ小さな小川には蛍が舞っている。

 啓太は久しぶりに長野の実家に帰ってきた。それは大学が丁度夏休みだったのと、昨年、仲たがいしたままで連絡を取らなくなった今日子に会うために。

 二人は幼馴染だった。小さい頃から他愛無い悪戯をして親に怒られる時も、暑い夏の昼下がりに大きな大きなスイカを食べる時も常に一緒だった。もちろん学校も一緒だったし、家も隣だった。時に喧嘩をしては口を聞かなかったときもあったが、大抵次の日には仲直りできた。喧嘩するほど仲が良い、そんな言葉がぴったりな二人だった。

 高校生ともなると恋愛の一つや二つするのが当たり前になるのだが、不思議なことに仲が良い二人は、一向に付き合う気配がなかった。お互い他に好きな人がいるのかと思いきやそうではないらしい。町内の誰かが付き合わないのかい?と聞いても、え?誰と誰が?と言うような返答しかもらえなかった。きっと自然に毎日一緒にいる事が心地よかったし、かといって異性として見るにはまだまだ幼馴染のままのほうが気が楽だったのかもしれない。町内の誰もが二人の進展を見守ってはいるが、それ以上は何も言えずじまいだった。

 啓太は長野の高校を卒業すると、東京にある大学へと進学していった。今日子は実家が乾物屋だったので卒業と同時に店の手伝いや経営の手伝いなどをしていた。不思議なことに離れ離れになっていても、お互いが誰かを好きになったりせずにそのまま毎日を暮らしていった。啓太は大きな休みになるたびに実家に帰って来て、今日子に会いに行き、東京の話や大学生活の話を、おもしろおかしく話していた。今日子も今日子で乾物屋の話や夏祭りの話、日々の失敗談などを話してみせた。

 冷夏だと言われた昨年の夏、啓太は今日子をいつものように町内会の催す夏祭りに誘った。今日子は元気よく二つ返事で頷くと、浴衣に着替えくると啓太に言い、店の奥の細い階段を駆け足で上っていった。啓太は今日子の母から冷たいオレンジジュースを貰って飲みながら待っていた。
 20分ぐらい待っただろうか。啓太はふと、店の奥へと視線を向けるとそこには柱から顔だけ出して微笑んでいる今日子がいた。啓太は不思議だった、いつもならちゃっちゃと出てきては手を繋いで夏祭りに行くのにどうして今回はなかなか出てこないのだろうと。少し考えてみたものの啓太は解らず、おいでおいでと手招きをした。今日子は恥ずかしそうにちょこちょことした足取りで啓太に近づいていった。

 綺麗だった。白い浴衣全体に水の紋様が描かれていた、それは今日子を首筋から足元まで包むように流れていた。さらに涼しげで綺麗な蒼い一輪の華がぽつぽつと水の紋様に絡まるように咲き、見ている者にとって、あたかも綺麗な小川が目の前に広がっているような、そんな錯覚を覚えるほど美しい図柄だった。それは今日子が着ているから尚更だった。お互いがお互いを引き立たせていると言っても間違いない。啓太はぽーっと眺めることしか出来なかった。そんな啓太を見ては、はにかみながら「手を繋ごう」と、今日子。少し照れながらも啓太はしっかりと手を握り、小さなあぜ道へと今日子を導いた。

 大太鼓が鳴り響き、踊る子供達。夏祭りの会場だった。暑くないのが夏らしくないといえば夏らしくないのだが、それでも充分に夏を感じられた。
 ワタアメ・金魚すくい・お面売り・ヨーヨー釣り・そして屋台の焼きソバ。何もかもが一夜の催しで、次の日には消えてしまう儚い宴。だから二人は一つ一つの屋台を回っていった。大切な二人の思い出に素敵な夢を重ねるように。そして夏祭りも佳境に入り、参加者たちは、思い思いの手持ち花火で夜を彩っていた。
 今日子は線香花火を持ってきて、やろうよと啓太を誘ってきた。まだ線香花火をやるにはちょっと早い時間な気がしたが、今日子がどうしてもやりたいのと言い続けるので、線香花火に火をつけて二人で落ちるまで眺めていた。

 ふと今日子は勢いよく光る線香花火から、視線を啓太に向け、
「おばあちゃんがもしかしたら長くないかもしれないの。おばあちゃん、早くお婿さんの姿とお嫁さんの姿が見たいって…。私、結婚しようと思うの。相手はまだ決めてはいないけど、おばあちゃんに何度も進められているお見合い相手の方でもと今は思っているんだ。もちろん悪い人じゃなさそうだし、おばあちゃんが喜ぶなら…。」 
 啓太は何も言えなかった。きっといつかは付き合うだろうと思っていた。いづれは結婚しようと思っていた。だから今回夏祭りに誘って、終わったあと帰り道に告白しようと決めていた。いつまでも幼馴染のままではいやだと、大学に行き始めて1年と半年。そう思う気持ちにやっと啓太は目覚めたのだった。
何も言わない啓太を今日子は線香花火に視線を戻し、
「ごめんね。急にこんな話をして。きっと啓太だったら何か言ってくれると思っていたけど…けど急に結婚なんて話したらびっくりするよね。幼馴染だもんね私たち…。まだ大学も2年とちょっと残っているし、何よりも啓太がなりたかった学校の先生になる夢あるもんね。本当にごめんね、変な事言って。」
 啓太は違うそうじゃないと言いかけたが、今日子が啓太の口に手を当てて話を遮った。
「いいの。本当に。聞いてくれてありがとう。私結婚するから、だから啓太。素敵な人を見つけて早く、結婚して幸せになってね……。」
 今日子はそのまま啓太に背を向けて走り去っていった。涙の粒が空中を舞う。啓太は追いかけられなかった。あまりにも今日子の決意が固いこと、そして自分と同じ気持ちだったのに、すぐに答えてやれなかった自分のふがいなさの所為で。

 啓太は言葉にならない声を綺麗な満月に向かって叫び続けた。

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