◎夕涼み(下)

040 2004/06/27



祝5000HITお題雑文  ◆たまき様よりお題提供

 :雑文の題名 「夕涼み」
 :雑文挿入指定「突然の雨」←「夕涼み(下)」にて使いました。


 次の日から今日子は店に出てこなくなった。啓太は何度も会いに行ったが、会えずじまいだった。今日子の母が言うには、夏祭りから帰ってきた晩から、体の調子が崩れだし寝込んでいると言うこと。そして誰にも会いたくないとのこと。それを聞いた啓太は、実家に帰るしかなかった。そのまま夏休みも終わり、啓太はとうとう今日子に会う事もなく東京に帰っていった。



 あれから一年。季節は夏。
 啓太は故郷に帰ってきた。きっともう結婚している今日子に会いに。そしてあの時何も出来なかった自分への決別のために。啓太は荷物を実家に預け、今日子のいる乾物屋へと向かった。すると、今日子の母と父、そして今日子から余命が少ないと聞いていた、亡くなっているであろうはずの祖母が働いていた。



 啓太を見つけた今日子の母はぽろぽろと大粒の涙を零しながら啓太を抱きしめた。
 啓太はいったい何で今日子の母が泣いているのかまったく解らなかった。祖母は生きているし、でも今日子の姿も今日子の旦那であろう男の姿もないし。たぶん乾物屋を長女の旦那が引き継ぐだろうと思っていたから会えるだろうと踏んでいた。ただ、今日子の母が泣きながらごめんねごめんねという声しか聞こえてこなかった。

 啓太は今日子の母の肩に手を置いて落ち着きましょうと言った。しばらく泣いていた今日子の母は、何を聞いても絶対怒らないでね。と言い、啓太が頷いたのを見た瞬間に、堰を切ったように、話し始めた。

 今日子は昨年の冬を待たずに亡くなった事。

 今日子は不治の病に全身を蝕まられていた事。
 だからあえて無理な言い方で結婚を迫ってしまった事を深く今日子が悔やんでいた事。
 そして本当は啓太の夢を遮ってでも結婚したかった事。
 でも病気を抱えた妻では迷惑がかかるから諦めないとと一人深夜に泣いていた事。
 無理を言った事で自分の気持ちに蹴りが付いた事。
 それからは、啓太の夢を心から応援していた事。
 啓太がこっちに帰ってきたら伝えてと伝言を頼まれていた事。
 でも啓太には帰って来るまで絶対病気のことを言わないでと言われた事。
 それは啓太に悲しい思いをさせたくないからだと言う事。

 最後に見せたあの浴衣、啓太に見せるためだけに今日子が大事に手縫いで作った事。

 隠れてでも今日子の症状と気持ちを伝えるべきだったねと搾り出すような声で言った。
 今日子の母はそう言い終えてその場に泣き崩れた。ごめんねごめんねと言いながら。

 啓太は泣きながら、今日子の母に伝えてくれてありがとうと言い残し、表に出た。話を聞いている最中に突然の雨が降った様で、道にはぽつんぽつんと水溜りが出来ていた。今年の夏はとても暑い。啓太は涙を拭き汗を拭き実家を通り越して今日子の眠る墓地へ向かう。

 時は夕暮れと言うよりもかなり夜に近くなっていると言ったほうが正確かも知れない。にわか雨が振ってくれたお陰で、少し涼しい。

 今日子の墓の前に着いた。啓太はしゃがみこみ去年と同様に、大学生活の事や日常の失敗談を今日子に聞かせていた。まったく不自然さは見られなかった。本当に二人で話している、そんな風にしか見られない。それはまるで目の前に今日子がいるように。

「本当はだいぶ前から今日子の事好きだったんだよ。」
「東京見物もさせてやりたかったんだよ。」
「東京は大きな建物ばかりで、夜、ビルの屋上から見下ろすとまるで、そこらじゅうが
 光の海なんだ。今日子線香花火好きだったよね?線香花火のよなぱちぱちする光がね、
 東京の夜はそこらじゅうがあるんだよ…。」
「今日子にも見せてやりたかった…。なぁ…もし…あの時、俺が………結婚しようって
 言ったら、今日子…どうしてた?喜んでくれた…?抱きしめてくれた…?」
「なんで何も言ってくれなかったんだよ…俺たちいつも一緒にいたじゃないか…。」
「浴衣、恥ずかしくてちゃんと見てあげられなかった…本当に綺麗だったよ、今日子。」
「一番綺麗だった…。抱きしめたかった…。あのまま東京に連れて帰りたかった…。」
「約束だって沢山あったんだよ…来年の夏祭りも再来年の夏祭りも行こうって…。」
「今日子、…今日子……今日子!!!!もう一度だけ……もう一度だけでいい、笑顔が、
 今日子の笑顔………見た…い…よ…今日子…………。」

 啓太は泣いた。思い切り泣いた。時折、今日子の名前を夜空に向かって叫んでは泣いた。
 あれから何時間が経ったのだろう。もう月も消えていた。啓太は腫れた目を擦りながら、いつの間に今日子の墓の前で寝ていたことに気づいた。啓太は最後に今日子の墓に水をまき、帰る準備を始めた。

 啓太は一つ大きく息を吐き、今日子に手を振った。
 そして今日子にこう言ってあとにした。

「また、来年来るよ。ここは風がよく吹いて、とても涼しいね。夕涼みする場所には
 とてもいいね。あ、今度はスイカ、持ってくるよ。また昔みたいに一緒に食べようね。
 ……東京に行って来るね。」

 きっと今日子は満面の笑みで手を振って啓太を見送っていたに違いない。
 啓太は帰り道が少し綺麗に、そして大人びて見えた。

簡易日記 ●一つ上に戻る 戻る