◎恐話百鬼夜行 第六夜
053 2004/08/01
◆アパート
友人Mが大学生だった頃のお話しです。
名古屋の大学に合格したMは、一人住まいをしようと市内で下宿を探していました。
ところが、条件の良い物件はことごとく契約済みで、大学よりかなり離れたところに
ようやく一軒、見つけることができました。とても古い木造アパートで、台所やトイレなど
全て共同なのですが、家賃がとても安いためMは二つ返事で契約を交わしました。
引っ越しを済ませ実際住み始めてみると、とても静かで、なかなか居心地の良い
部屋での生活に、Mは次第に満足するようになったそうです。そんなある晩のこと、
Mの部屋に彼女が遊びに来ました。
二人で楽しくお酒を飲んでいると、急に彼女が「帰る・・・」と言いだしました。
部屋を出ると彼女は「気を悪くしないで聞いて飲しいんだけど、
この部屋何か気味が悪いわ・・・」とMに告げました。
彼女によるとお酒を飲んでいる間、部屋の中に嫌な気配がただよっているのを
ずっと感じていて、いっこうに酔うことができなかったと言うのです。
「気をつけたほうがいいよ」という心配そうな彼女の言葉をMは一笑に付しました。
もともと、その手の話を全く信用しないMは「そっちこそ気をつけて帰れよ」と、
彼女を見送ってあげたそうです。
しかし、結果的にこの時の彼女の言葉は取り越し苦労でも何でもなく、
その部屋はやはりおかしかったのです。この頃から、Mは体にとてつもない疲れを
覚えるようになりました。別段アルバイトがきついというわけでもないのに、
部屋に帰ると立ち上がれない位に力が抜けてしまいます。
又、夜中寝ている間に誰かが首を絞めているような感覚に襲われ、突然飛び起きたり
したこともありました。そのせいでMは食欲も落ち、げっそりと痩せてしまいました。
きっと病気だろうと医者に診てもらいましたが原因は分からずじまいでした。
心配した彼女は、やはりあの部屋に原因があるとMに引っ越しを勧めましたが、
生憎、そのような費用もなく、Mは取り合おうとしませんでした。
そしてそのまま二週間ほどたったある晩のことです。
その日、Mはバイトで大失敗をしてしまい、いつにも増してぐったりとしながら
夜遅くに部屋へ帰り、そのまま眠ってしまいました。真夜中、ものすごい圧迫感を感じて
急に目を覚ましましたが、体は金縛りのため身動きひとつ取れません。
ふと頭上の押し入れのふすまに目をやりました。
すると閉まっているふすまが、ひとりでにスルスルと数センチほど開いたかと思うと、
次の瞬間「ぬ〜っ」と真っ白な手が出てきて、Mの方へ伸びて来たそうです。
Mは心の中で「助けて!」と叫ぶと、その手はスルスルとまた隙間へと戻っていきました。
しかしホッとしたのも束の間、今度はふすまの隙間から真っ白い女の人の顔がMを
じっと見つめていたのを見てしまったそうです。Mは一睡もできないまま朝を迎えました。
やがて体が動くようになりMは部屋を飛び出しました。
そして、彼女をアパート近くのファミレスに呼び出し「どうしようか・・・」と
二人で途方に暮れていたそうです。ちょうどその時、少し離れた席に一人のお坊さんが
座っていました。そのお坊さんは先程より二人のことをじっと見ていたのですが、
いきなり近づいてきたかと思うと、Mに向かって「あんた、そんなものどこで拾った!?」
と一喝したそうです。Mが驚きながらも尋ねると、Mの背中に強い念が付いており、
このままでは大変なことになると言うのです。Mは今までの出来事をすべて話しました。
するとお坊さんは自分をすぐにその部屋へ連れて行くようにと言ったそうです。
部屋に入ると、お坊さんはすぐに押し入れの前に立ち止まり、しばらくの間
その前から動こうとしません。そして突然、"印"を切るといきなりふすまを外し始め、
その1枚を裏返して二人の方へ向けました。
その瞬間、Mは腰を抜かしそうになったと言います。
そこには、なんとも色あざやかな「花魁(おいらん)」の絵が描かれていました。
舞を舞っているその姿は、まるで生きているようで、心なしかMの方をじっと
見つめているように感じたそうです。お坊さんによれば、
「どんないきさつがあったかは私には分からないが、この絵にはとても強い怨念が
込められていて、君の生気を吸って次第に実体化しつつあり、もうすこしで本当に
とり殺されるところだった」と告げたそうです。お坊さんはふすまの花魁の絵の周りに
結界を張ると、「すぐ家主に了解を得て、明日、自分の寺にこのふすま絵を持って来なさい」
と言い残し立ち去りました。
次の日、Mは彼女と共にお寺へ赴きました。そして、そのふすま絵は護摩と
共に焼かれ供養されたということです。