◎恐話百鬼夜行 第十六夜
065 2004/08/30
◆妊婦の霊
これは古くからの友人、うらめぐ(25歳♀ナース)から貰った恐怖体験告白。
これは私が勤める病院での出来事です。
その日、私は夜勤のため夜、病院へ出勤していました…。
その日、夜遅くに急患で妊婦が運ばれて来ました。
その妊婦は私が外来で何度か顔を見かけたことがある女性で、私の記憶だと妊娠8ヶ月・妊娠の経過も順調だったはずなのに…どういう訳か誰が見ても様子がおかしく、顔色が悪く呼吸も乱れ意識もありませんでした。
これは一刻を争うと思った私は急いで当直のM先生を呼びに走りましたが当直室には姿がなく、M先生の研究室や心当たりの場所は全部探し回ったのに何処にも見当たらず携帯電話でも呼び出したのですが応答がありませんでした…。
そんなことをしている間にも急患で運ばれて来た患者さんの容態は悪化するばかり…、
「あぁ…よりにもよって何でこんな大変な時に!M先生はどこへいるんだろう…」
と途方に暮れて廊下を歩いていると!空室のはずの病室の扉が「スーッ」と開いて中から
M先生が「ヒョイッ」と顔を出したのです!私は驚きながらもM先生に
「先生!大変なんです!!急患で運ばれて来た患者さんが!!」
とまで言いかけた時…私は言葉に詰まってしまいました。それは…、
何とM先生が出てきた病室から先生に続いて先輩看護婦のHさんが出てきたからです…。
二人は私に見られても何ら悪びれる様子も慌てる素振りもなく呆気にとられている私を横目に無言で持ち場に戻って行きました。何だか見てはいけないものを見てしまったバツの悪さで、どうにも居たたまれない気分になっていた私…しかしM先生の
「俺のことを探していたのか?」という言葉で我に返り慌てて急患の患者さんが
運ばれたことを報告したのです。
けれども…
例の急患の患者さんの所へ戻った時には時、既に遅し…もう患者さんの容態は取返しのつかなくなってしまっていたのです。
何とかお腹の子供だけでも生かすことができれば良かったのですが…
悲しいことに、もう手遅れで大切な命を二つも同時に失うことになってしまったのです。
急患で運ばれきた患者さんと一緒に病院へ来ていたご主人はM先生から奥さんと子供のことを聞かされも最初のうちは何を言われているのか理解できなかったようですが、
処置室のベットで横たわっている物言わぬ奥さんの姿を見て、
「わぁーっ!!!!!」っと奥さんの体にしがみつき…
「うっ…嘘だろ?嘘だって言ってくれ!
夢だって…悪い夢だって言ってくれよーっ!」と泣き叫ぶばかり…。
待望の子供の誕生を間近に控え、毎日が幸せの連続だったに違いない平穏な日々…。
それを突然 奪われてしまったのですから…それも仕方がありません。
そして…その姿は誰もが口を開くことをためらう程でした…。
そして、その不幸な出来事から数日経ったある日のこと…。
連日の夜勤で疲れていた私がウトウトしかけた時のこと…時間はだいたい午前1時を過ぎた頃だったと思うのですが、そんな真夜中にも関わらず私のいるナースステーションに数人の入院患者さんが揃って顔を出したのです。
「どうしたんですか?こんな時間に皆さんお揃いで」と私の問いかけに一人の患者さんが…
「私らの部屋にお化けが出るのよ…」
「えっ?」
私は、予想もしなかったその意外な言葉に思わず吹き出しそうになったのですが、ナースステーションに来た患者さんのあまりにも真剣な顔にとても笑って聞き流すような雰囲気ではなかったので、どういう状況だったのかを尋ねてみると…。
Aさん
「最初は泣き声だったのよ…何だかとても悲しそうな声だったわ…」
Bさん
「そうなのよ…最初は私も空耳だと思っていたんだけど…」
Cさん
「でもね!でも声だけじゃないのよ!お腹の大きな女の人が立っていたの!!」
Dさん
「けど、その女の人が悲しそうな顔をして泣いているのよ…
まるで誰かを探しているみたいだったわ…」
それを聞いて後、もちろん私はすぐに患者さん達が入院している病室の方へ行きました。
しかし…それらしい気配さえ感じられませんでした…
けれど、彼女達が嘘をついているという風にも感じられなかったし、その時は何故か私自身も素直に彼女達を信じようという気になったのです。
ところが…その幽霊騒ぎは その日だけではなかったのです!
連日どこかの部屋で幽霊を見たという人が出てきて噂は「あっ」という間に病院中に広がってしまいました。それから10日程経った頃だったでしょうか…その噂が原因で患者さんの中には気味悪がって他の病院へ転院すると言い出す人まで現れる始末で、病院側もこの噂を単なる噂として放っておけないと判断したのでした。
そして私が夜勤を勤める日に…とうとう噂の妊婦の幽霊を見てしまったのです…それもとんでもない事件の真っ只中で…。
深夜、私が規定の見回りを終えてナースステーションに戻ろうと病棟の廊下を歩いていた時のこと。誰もいないはずの個室から突然…
「ぎゃーっ!!!!!」
という男の人の悲鳴が聞こえてきたのでした。私はビックリしてその悲鳴が
聞こえたドアを開けて中を覗いてみると…。そこで私が目にしたものは!
白衣を真っ赤な血に染めて恐怖に引きつった顔のままベットの脇の床にうずくまるM先生の姿があったのでした。その傍らには、あの時 M先生と一緒にいたH先輩が…自分の首筋に突き刺さった鋏を両手でしっかりと握ったまま無表情な顔で病室の壁に寄りかかるように立っていました。
そしてもう一人…
そうです…
その先輩看護婦の横には妊婦らしい女性の姿が!まるで湯気か煙でも見るかのように薄ぼんやりと私の目には見えたのですが、その姿は間違いなくあの日急患で運ばれてきた妊婦の姿だったのです!
この傷沙汰事件を境に誰一人として幽霊を見なくなり、幽霊騒ぎも収まったのですが…
H先輩は出血多量のショックが原因で植物人間状態になってしまいました…。