◎ずっと一緒にいたかった…

073 2004/09/12

 絆とはとても大切で生き死に激しく関わる時もある。
 私はあるニュースの片隅で小さく載っていた事件に胸が痛んだ。

「東京都大田区の都営団地で6月、死後1週間とみられるお年寄り夫婦の遺体が、発見された。夫(77)は、入所していた特別養護老人ホームから一時帰宅中だった。自宅で暮らす妻(76)と夫婦離ればなれの生活を送っていた。室内には便せんに「ずっと一緒にいたかった」と書かれた夫婦連名の遺書が残されていた。警視庁蒲田署は、睡眠薬などを服用した心中とみている。介護保険制度が始まって5年。介護サービスが充実しているはずの大都会で、悲劇は起きた。」

 夫は足が悪く車椅子生活を送っていた。妻は長年、夫を介護をしていたが持病の喘息が悪化しさらに年齢も年齢で介護を続ける体力もなくなり、夫を特別養護老人ホームへ入所せざる状況になった。

 2人は築30年の都営団地に20年静かにお互いを支えつつ静かに寄り添うようにひっそりと過ごした。身内もなく近所付き合いもそんなにしてはいなかったらしい。
 妻は友人の女性(79)に「このままでは夫婦共倒れになってしまう。でも夫がホームに入ったので私1人になる。どうしよう。死にたい。ご飯を作る気もしない」と弱々しく漏らしていた。それだけ2人の絆と2人の世界は強く大切なものだったらしい。
 夫が入所したての頃は離れ離れの寂しさを薄める為、数日間の短期入所などで夫に会い続けた。その中で「2人でずっと一緒にいたいね」と話す姿をホームの職員は何回か見かけたと言う。しかし妻は介護を必要なほどでなく入所するにはかなり厳しい状態だったらしい。

 そして事件は6月28日に起こった。

 6月18日、夫が10日間の予定で一時帰宅した。20年以上暮らした団地で、久しぶりの水入らずの生活。
 きっとこの10日間は今まで生きてきた中で一番お互いを求め合った期間だったかもしれない。たぶん離れて生活する寂しさや、本当にお互いが大切だねと、話していたかもしれない。入浴の時、いつも以上に体を大切に洗い愛情が溢れた時間を過ごしたかもしれない。
 明らかに私の推測で話しているが、きっとその10日間で2人は精神的に最高の愛が溢れる日々を謳歌したと私は信じたい。
 そうして外泊最後の日、2人は孤独に怯え、寂しさに耐えられずに天に旅立ったと思う。

 私は思う。入所できなかった事がいけないわけじゃない。ご近所の付き合い方が悪かったんじゃない。ただ2人が離れて生活するその辛さが強かっただけなんだと。

 少し考えてみよう。
 長年連れ添った夫(または妻・または兄弟・または両親・またはペットでもいい)と、今まで一緒に生活し生きて来たのに、突然離れなければならない戸惑い。悔しさ。そして日常風景に収まるべきその人の姿が無い空しさと孤独感を。
 仕事の都合で一時期離れたとしても、それは永遠じゃない。しかしこの夫婦には永遠の別れの様に感じだのだろう。その思いを皆様はどう感じ取っただろうか?

 私にはまだそういう経験も無いし、憶測でしか言えないが、最初に書いた「絆とはとても大切で生き死に激しく関わる時もある。」とこの事件を読んで感じるものがあった。
 「絆」なんて言葉が、ウザイだけの理想論の様に疎まれ、陳腐になりカッコ悪く思われ、使うだけで馬鹿にされ鼻つまみ者に認定される現代に、死を持って一つになろうとしたこの老夫婦の行動を誰が「なんて愚かな事を」と言えるだろうか?少なくても私にはできまい。そしてこの雑文を読んでいる読者も。

 今一度、「絆と言う大切な心の繋がり」この在り方に少し目を向けても良い時代だと私は感じる。そうせざるをえない所まで現代は来ているのかもしれない。
 そしてこの絆がもしこの老夫婦の回りで沢山あったのなら、もしかしたら2人は別れて過ごさなくても済んだかもしれないし、死を選ばなくて済んだかもしれない。
 もちろんこれは私の希望的観測の上に成り立つ推論でしかないのだが。

 「絆」を死を持って指し示した(当人達にはその意識が無いとしても)老夫婦に、合掌。
 共に寄り添い生きて行くその大切さを教えてくれた老夫婦に、改めて、合掌。

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