◎素晴らしき、愛と情熱の涙 1万HITお題雑文

089 2004/11/05



 ◆野の牛様よりお題提供
 :題  名「素晴らしき、愛と情熱の涙」
 :書き出し「別れの時は突然やってくる。」
 :途  中「なんで涙はしょっぱいの?」
 :締  め「だから僕らはカレーを食べ続けるのさ。いつまでも。」


 別れの時は突然やってくる。それを教えてくれたのは僕が所有する牧場「苫小牧」で2年前に牛飼いから譲り受けた牛肉用牛だった「トメコ」。牛肉用牛だったと言うのも彼女は赤ん坊の頃逆子として生まれ、瀕死の状態で母体から取り上げられたらしい。生まれて手厚く看護を受け瀕死の縁から何とか脱出したトメコは母親恋しさに牛舎で暴れたと言う。体に傷を負い疲れ果てどんどん痩せ細っていった為、商品の価値がなくなってしまったから。

 本来ならそんな牛は処分されてしまうのだが、そこの牧場主は母体から取り上げ手厚く看病していた分、情が移り処分できなったらしい。しかし経営もあるし、生産性のない牛を飼っておくほどそこの経営は豊かじゃなかった。そうして前々から牛を一頭飼ってみたい(もちろんペットとして)と言っていた僕の所に、何人かの友人経由で話しを交し、牧場「苫小牧」にトメコを引き取る事になった。

 彼女はシャイで僕に懐かず、日頃から悲しい声で鳴くのだ。僕はなんとか心を開いてもらう為に(やっぱりペットとして飼うならコミュニケーションだってスキンシップだってしたいから)毎日話しかけたり餌を手から上げてみたり、それはもう端から見たら、牛如きに何やってんの?と白い目で他の牧場主から白い目で見られる事もあった。でもそれでもどうしても僕はトメコととことん仲良くなりたかった。

 それはまるで片思いの女の子に少年が気に入られようとべったり張り付いている、そんな雰囲気だ。勿論トメコの見た目がひ弱で頼りなく、男心でさへ母性本能を擽られたと言うのもある。もう絶対肉になんかできない!そう呟きながらトメコの背中を撫でていた。

 それから数ヶ月の後、少しずつではあるがトメコに変化が起こり始めた。最初は些細な事だった。近づくと今まではそっぽを向くトメコであったが、最近では僕の顔をきちんと見てくれて「もぉ〜〜」と僕を呼んでくれるのだ。可愛い奴め。

 それからだった。急速にトメコと僕の仲が深くなっていったのは。近寄れば擦り寄ってきてくれる。僕を背中に乗せて散歩してくれる。寂しい時は僕の服の袖を噛んで離さない。もちろん僕もそれを嫌がる事はしなかった。なぜなら相思相愛だからだ。
「トメコ」「もぉ〜」「トメコトメコ」「もぉもぉ」「トメコぉ〜〜〜」「もぉぉ〜〜〜」
声を掛ければ返ってくる来る返事。なんとも可愛いトメコ。僕はトメコにメロメロだった。そうしてトメコは僕の愛情を糧に今まで痩せていた体は立派になり商品として、いやそれ以上にもしかしたら誰もが絶賛する牛肉になるであろう。もちろんトメコを牛肉になどさせるつもりは毛頭ない!そんな可哀相な事が僕にできる訳がないだろう。何よりもトメコの痛みは僕の痛みだ。一心同体だ。もう誰も僕達の仲を裂く事などできるはずもない。
 このまま一生「二人は最高!トメコ&僕!」な気分だ。しかしそんな幸せは長く続かなかった。それは今年の勢力強大な台風が襲った夜の事だった。

 僕の家からトメコの寝ている牛舎まで車で15分。どうしても風と雨が強かった為その日は台風が過ぎる深夜まで外に出れなかった。心配だった。きっとトメコ怯えているだろう。寒いであろう。一人心細く震えているであろう…。僕は速く台風が過ぎ去る事を切に切に切に願っていた。

 深夜やっと台風が過ぎ去り雨が小雨になった。僕は寝ずにまち、焦る気持ちそのままにトメコのいる牛舎に向かった。果たしてそこに−−−−−

 トメコはいなかった。部屋の中は荒らされていた。鍵は人間の手によって壊された感じだった。つまりトメコが台風に怯え僕に会う為に内側から突進して外に出たのではなく、明らかに人間の手によって鍵が壊され、連れ出されたのだ!!僕は考えた。誰がこんな事を!はたと心に引っかかる事があった。それは先月上旬の事だった。

 「なんてめんこい牛だこと。今度家に高く売ってくれやしないか苫小牧さん。」 そう言いながら近づいてきたのはヤクザ経営「利尻」のハゲオヤジだった。もちろん僕は、トメコを売るつもりもないし大切な家族だと言い、突っぱねた。当たり前である。トメコとはラブラブなのだからな。ハゲオヤジは苦虫を潰したような顔で帰っていった。「いつか…」と何やら聞こえ難い捨て台詞を吐きながら。

 奴だ!奴に違いない!あのハゲオヤジ!!!僕はすぐに愛車「チャベス号(軽トラ3代目)」に飛び乗り奴のいる牧場に向かった!これでトメコを助けられる!僕はトメコの白馬の王子様だ!!
 僕は運転しながら泣いていた。なんで台風の時、そばにいてやれなかったのだ!僕の馬鹿!トメコがどんなに怯え辛かったか。僕の口の中はしょっぱかった。泪が口の中に入っていたのだ。なんで涙はしょっぱいの?僕はそう下らない思考に囚われながら早くトメコに会いたい!会って抱きしめてやりたい!安心しろ、トメコ、僕が来たからには大丈夫と言ってやりたい!!!飛ぶが如く飛ぶが如く飛ぶが如く飛ぶが如く飛ぶが如く飛ぶが如く飛ぶが如く!!!!!!!僕はアクセルを目一杯踏み込んだ!

 そしてハゲオヤジの牧場に着き僕は乗り込んだ。
 時は無常にも間に合わせてはくれなかった…トメコはブロック肉になっていた…。僕はその瞬間意識が途切れた。そして意識を取り戻した時にはハゲオヤジ一同血の海の中で悶え苦しんでいた。誰も死んではない。でも血だらけになっていた。もちろん僕の拳も。これが僕にとって始めてキレると言う行為だったのかもしれない。そうしてトメコの変わり果てた姿を全部持ちかえり消えてしまわない様に僕は冷凍庫に収めた…。

 僕はそれ以来、腑抜けの様になってしまった。愛するトメコを失ってしまったのだから仕方がない…。そんな僕に気を遣ってくれたのが、トメコに肩入れをして最近全然構っていなかった妻だった。その妻が僕にカレーを差し出した。具は牛肉だった。
 僕は怒鳴った!「こんなもの食えるか!トメコが…トメコなんだぞ!!何を考えている!僕に対しての復讐か!!」と。
 妻は静かに僕に言った。「復讐じゃないわ。でもトメコのお肉を使ってこのカレーはできたの。悲しい事なのは解る。私はトメコに劣る女なのかもしれない。でも同じ女として私がトメコならあなたに最初に食べてもらいたいと思うわ。そしてあなたの細胞になってあなたと共に生きたいと心から願うわ。私がトメコなら元気のないあなたを見ていたくないもの…私がトメコなら…うう。。。うう」

 崩れ落ちる妻を僕はは何時の間に抱きしめていた。こんな僕にでも一生懸命愛してくれた人がいたんだ…それは僕がトメコを愛したように。。。ありがとう妻よ。ありがとうトメコよ。僕は元気になってこれから一生懸命生きていくよ。妻の愛とトメコの愛が沢山入ったこのカレーを食べて。

 僕らにとってカレーは特別な食べ物になった。3度の食事でも僕はへっちゃらさ。だって僕は妻とトメコに支えられて今日も生きているのだから。

 だから僕らはカレーを食べ続けるのさ。いつまでも。

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