◎薄明まで 1万HITお題雑文

096 2005/01/07



 ◆雫様よりお題提供
 :題  名「薄明まで」
 :書き出し「鑿(ノミ)で削った三日月が」
 :途  中「夜は始まったばかり」
 :締  め「はらはらと髪の匂い」


 鑿(ノミ)で削った三日月が久しぶりに出会う君を優しく照らしてる。僕は長い時間、君を見詰めていたらしい。

「何よ?私の顔に何か付いてるの?」
 そう言いながら君は顔を手で隠した。その仕草が、10年前とちっとも変わってない事に僕は少し安堵していた。

 あれから10年。時間の流れは容赦なく僕らを老けさせた。
 僕らが出会ったのはまだ、韓流ブームが全盛期で、ペ・ヨンジュンとチェ・ジュウが海辺で丁度抱き合った頃。そしてその番組に触発されて、僕らも抱き合った。
 優しい微笑みと体温が二人の未来への希望の架け橋だと僕は思っていた。
 そして二人は若かった。未成年から成人へと変わり、2度目の冬を迎える位の若さ。でも僕らは結婚を真剣に望んでいるほど愛しあっていた。

 だけど君は突然何も言わず、雪が降る寒い晩に僕の前から消えてしまった。あの晩、抱いてしまったことがまるで罪だというように。
 そして僕は君が居なくなった理由を見つけられず今日まで生きてきた。

 そんなある日、なかなか寝付けず深夜のコンビニでウィスキーとホタテの貝柱を乾燥させたおつまみを買い、自宅のマンションに帰ろうとしていた時、君は忽然と現れた。僕の住むマンションの入り口に。

 僕の記憶が正しければ君が消えてから丁度10年。僕は持っていた物全てを投げ出して君の元に駆け寄った。君は、投げ出したウィスキーの瓶の割れる音と、僕の駆け寄る足音に気が付いて視線を僕に投げてきた。
 僕はなりふり構わず君を抱きしめた。背中をさすり髪をなで今僕の胸の中に君がしっかりと存在していることを確認するかの様に。そして君も僕にしっかりと腕を背中に回してきてくれた。他人のそら似ではない。10年前に結婚を誓い合った愛しい君。そこで初めて僕は大粒の涙を零し始めた。

 しばらく月の薄明りの下で抱擁を交わす。そして僕の部屋へ。二人はそのまま水を得た魚の様にはしゃぎ…となる寸前、君は
「まだ夜は始まったばかりよ?もう少し「再開した時間」を楽しみましょう。」と僕を笑顔で優しく小突いて来た。その瞬間僕は目を覚ます。なんだ夢だったか。そりゃそうか…。

 僕は懐かしい記憶と夢で得た、感覚の余韻を楽しみながら、窓から入ってくる月の光に導かれ外の景色を見始めた。するとそこには君が佇んでいた。僕は急いで外に出る。
 そこには 鑿(ノミ)で削った三日月が久しぶりに出会う君を優しく照らされていた。僕はまた長い時間、君を見詰めていたらしい。

「何よ?私の顔に何か付いてるの?」

 ………………もうこの台詞を聞くのは何回目になるだろう?。おそらく18回は聞いたし同じ場面を見てきた。どうやらメビウスの輪ならぬメビウスの夢に僕ははまったらしい。

 同じ様な展開。最後にまた君に小突かれて……………
 ……ん?地震?さっきまでこんな展開無かった様な…違う!誰かが僕の体を揺らしているだ!誰だ?俺は一人暮らしだし今は同棲している人も近親者もいない。誰だ?!泥棒か?!

「…きて。…起きて。ねぇ、起きて、あなた。」
そこにはお風呂上がりの肌から、湯気を立たせて僕を起こした君がいた。僕は何でそこに君が?って顔をしていたに違いない。不思議な出来事を見た様な顔で君は続けてこう言った。

「さっきから私を、旧姓の名前で何度もうわ言の様に呼んでいたわ。どうしたの?」
 君のその言葉で僕は合点がいった。

 10年前にいなくなったのは結婚する前の旧姓の君で、10年前から現れたのは僕の名字になった君だったんだ。そうかそうか。だから夢の中では君がいなくなったと勝手に思っていたんだな。
 僕はそう確信した瞬間、笑みを零し君を優しく抱き寄せてそっと抱擁した。そうさっきまで見ていた夢の中で、「旧姓の君」にした抱擁と同じように。愛してると呟きながら。
 君はきっと頭の中に「?」が連発なのかもしれない。でも君は優しく抱き返してくれた。

 そして今僕の鼻をくすぐるのは、愛しい妻のシャンプーで洗った、はらはらと髪の匂い。

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