◎恐話百鬼夜行 第三十五夜

175 2005/08/30

◆『線路忌憚』         投稿者:A・Wさん 職業:公務員 年齢38歳

 例えば何かを見かける事があっても多くの場合、それは本当にただ見かけただけであってですね、それをここで投稿しようと思ってもただの「報告」になってしまいます。

 僕には見える事はあっても、いわゆる霊能者の方みたいにコンタクトをとったりする事は出来ないのかもしれません。ですからみなさんに報告しても、なかなかスト−リ−性のある
おもしろい展開のものは少ないんです。向こうも僕の存在に反応するケ−スは滅法少なく、出会ってもただそれだけの事なのです。それでも中には後々、尾をひくものがあって印象に強く残ったりするケ−スがありましたので今日はその中から、個人的にはすごく恐い思いをしたものを紹介させていただきます。

 平成の十年の五月半ばの事だとハッキリ記憶しています。その晩も仕事が終わった後に、浜名湖へ夜釣りに出掛けあまりよくなかった釣果に不機嫌な疲労だけが残った身体で帰路へつきました。
 浜名湖の南側半周ぐらいの湖畔を通るロ−カル線があるのですが当時住んでいた家に早くたどり着く為には、一カ所踏切を渡る必要があったんです。僕は普段、深夜にそこの踏切を通る時は一時停止もせずに素通りなんです、そんな時間に電車が通る事ありませんから…。

 ですがその晩は何を思ったか、踏切前でしっかり一時停止をしました。
 そしてふと右側に眼を向けました。そしたら真夜中のその線路上を踏切に向かって歩いている男性がいたんです。

 見るだけならいつもそんなにまで驚く事はないのですが、その時は恐怖という事ではなくただ本当にビックリしました。
 線路上を機嫌良さそうに、リズミカルに歩くその姿は、上半身白い肌シャツ一枚で、下は作業着風のズボンをはいていました。ピンと張った背筋にキッチリと腕をのばして、肩から指先までがまるで一本のもののように真っ直ぐになっていました。身体はガッチリとした、体格で腕も太く逞しい上腕部が白いシャツから出ています。そして白い手ぬぐいのような、物を首にかけ縛ってました。だがそこまでハッキリ姿が見えるのに首から上がないんです。

 その、首から上のない身体が脚を高く上げ腕を振り一歩一歩こちらに向かって歩いて来るんです。まるで酒に酔った御機嫌さんが兵隊の行進を真似る様に、または高校球児の行進の如く、それよりも何よりもその足下を見ると明らかに線路よりは50cmほども高い所を、宙に浮いているんです。

 僕は助手席に置いてある携帯で、自宅に電話をして寝ていた女房を起こしました。
 「寝てたか・・いやぁ〜、今晩は全然釣れなくてさぁ」
 そう差し障りのない会話をしながら、ゆっくり車を発進させて、踏切の中へ入りました。線路上を歩く男性の姿がまだ真横に見えましたが僕はそれに関係なく電話の向う側の女房に「子供達は何時頃に寝かせたんだ!?」などと更に普通の会話を続けました。とても今、眼の前におきている出来事を口にする気持ちにはなりませんでした。自分が今眼にしている事を言葉で表現し、その声をまた自分の耳で聞く事によって、それが紛れもない現実である事を
再確認する事が恐かったのです。

 しかしこういう場合に後日、得てして記憶が曖昧になりがちになる事も多く、僕は一度、踏切を過ぎた後に車を止めて確認の為に後ろを振り返って線路の上を見てみました。

 タイミングとしてはあの男性は調度踏切を越えたか、越えないかぐらいかと思いながら、ゆっくり振り返って見ました。するとさっきまで同じようなテンポで行進してたあの男性が線路上に「気をつけ」した状態で胸を張りジッと動かずにこちらを向いて立ってるんです。
 「あ、あ、あのなぁ・・」と、僕は震える声で電話の向こう側の女房に話しかけました。
 「も、もうすぐ着くからな、玄関の鍵ィ開けときよ」
 「エ〜ッ何でぇ、面倒ぅくさいよぉ」
 「いいから開けときって、もうすぐ着くからさあ」
 その後も僕は女房には喋らせず、ずっと話しっ放しで車をとばしました。

 「いかんいかん、あれはいかん」
そういう思いが何度も、わき起こりましたが、僕は女房との会話をする事で必死に冷静を、保とうとしました。それでも、車のスピ−ドを出しすぎないようにだけは気を付けました。早くその場から遠ざかりたい気持ちもさる事ながら、車の運転を誤ってそこら辺の草むらに突っ込んでしまった時の恐怖の方がもっと強かったんです。こんな状況での身動き出来ない姿を、想像しただけでいっぱいいっぱいです。

 「おい、ちょっと玄関まで出て来いよ」
自宅の前まで来ても尚、女房との会話を切らさないように喋り続けながら車を家の真ん前に止め、車から飛び出すと玄関の戸を払い開けました。

 玄関の中に入るとすかさず自分の背中スレスレで玄関の戸を閉めました。自分の後ろから見えない何かがついて来てる様な気がして余計に背中スレスレに戸を閉めたかったのです。

 「寝る、寝る、寝る・・今晩はもう寝る」
折角玄関まで出迎えに出て来てくれた女房に、労いの言葉も掛けずに僕はスタスタと寝室に向いました。上着とズボンだけ脱ぎ捨てて布団に入るとガバッと布団をかぶったんです。
 「どしたん、何かあったん?」
と言う女房の声が聞こえた時、同時に「ザ−ッ!!」という音が部屋に響きました。布団から頭を出すと女房が
 「え、え、何これ・・」
と言いながらテレビを指さしたので見ると、僕が部屋に入った時は電源がオフになっていたテレビが勝手にザ−ッザ−ッと深夜の「砂の嵐」を映しているんです。そして更にフッと、消えたかと思うとまたついてザ−ッ・・と、これを二度程繰り返すと消えてしまいました。僕は女房と顔を見合わせると
 「な、見ただろ・・」
 と、女房に指さし確認をするとガバッと布団をかぶりました。僕が時折、霊体験をしてる事を知っている女房もあえてそれ以上何も聞かずに布団にもぐりこんで来て
 「フ〜ッ、フ〜ッ・・」
っと震えがとまらない僕にしがみついて朝を迎えました。

 以上が私が特に恐怖を感じた「報告」です。

簡易日記 ●一つ上に戻る 戻る