◎恐話百鬼夜行 第三十六夜(上)
177 2005/08/31
◆『生き人形/1997年TV放送より』 語り部:稲川淳二 職業:タレント
稲川さん曰く、
「この話しは私自身…怖いです。それに危ない。
出来れば話したくはなかったんですがね…。」
稲川さんがニッポン放送の、深夜のラジオ番組に出演していた頃の話しである。
当時稲川さんと仲が良かった人で番組ディレクターの東さんという人がいた。
彼が稲川さんに
「淳二、一緒に帰らないか?」
と誘ってきたのだ。
というのも、稲川さんは当時国立に住んでおり東さんは小平の辺りに住んでいたので
方角はほぼ同じだったのである。そして車は当時開通したばかりの中央高速道路に
向かって走っていた。
高速道路に乗っても、深夜なので行き交う車はほとんどいない。
道路灯も完備されていなくて辺りはほとんど真っ暗だった。稲川さん達の車の、
前にも後ろにも車はいない。
二人は普段から気の合う友達ということもあり、雑談に花を咲かせていた。
「淳二、油揚げはな、こうやって食うとうまいんだぞ。」
「やだな〜、東さんは。アハハ。」
しばらく走っていた頃だ。三鷹を少し過ぎた辺りだろうか、道路脇の塀の上に
道路標識らしい丸い物が立っていた。
(あれ?珍しいな…。)
その頃中央高速には標識はほとんど立てられていなかったのである。
しかし稲川さんは特に気にも止めず、標識は遥か後方へと過ぎて行った。
東さんは相変わらず面白い話をして稲川さんを笑わせている。
しばらく走っていると、また同じような丸いものが見えてきた。
再びその標識らしき物を通りすぎたのだが、人間というのは面白いもので、
同じ出来事が複数回続くと「またあるんじゃないか?」と思うものである。
多くは偶然なのだが、稲川さんはさらに同じような物をはるか前方に発見した。
しかし、形が先ほどまで見ていた物と違うのである。
距離はかなりあるはずなのだ。しかし稲川さんはそれが、
「人の形をした物」
だと、すぐに気づいたそうだ。
人間の目というのは曖昧なのか正確なのか、良くわからない点がいくつかある。
信じられない程遠くにある「なにか見なれた物の形」、この場合は人の形なのだが、
「あっ、○○○だ。」とすぐに認識できる場合がある。
例えば東京タワーのような高い建物の頂上に人が立っていれば、
「人間が立っている!」と下から見上げる人達で大騒ぎになるであろう。
しかしその時は深夜、辺りは真っ暗である。なのに稲川さんは、その人間が
「黒い着物を着た、黒髪の少女」だという事が分かったそうだ。
その少女が真夜中の高速道路の塀に立っているのだ。道路の方ではなく外の方を向いて
腰を少しかがめながらである。
(うわっ、自殺だ…!)
とっさにそんな事を思ったそうだ。しかし、その少女の周辺には車やバイクを
停めている様子は無い。
(どうやってここまで来たんだろう…?)
そう不思議に思ったが、車はだんだんとその少女が立っている辺りに向かって
走り続けている。
ガーーーーーー!!!
稲川さんも東さんも冷房が苦手だということもあって、窓は全開にしてある。
その為風の音や車の走行音でものすごくうるさい。まるで吸い込まれるかのように
その少女を見ていた稲川さんだったが、そのうちその少女の首から下が風景と
溶け合うようにしてス〜ッと消えて行き首だけが残った。その首がカクッ、カクッ、と
ぎこちなく角度を変えて稲川さん達の方を向いてくるのだ。人間が首を横に
回すときのように「スーッ。」といった感じではなく、ぜんまい仕掛けで首を変に
規則的に回す人形のような、そんな感じであったという。
そしてさらに近づいた頃だ。稲川さんはその「首」が、明らかに「半透明」である事に
気づいた。透けて向こうの景色が見えるのである。
しかし顔は確かに存在している。
おかっぱ頭、目は切れ長で口も横に長くて、気味が悪いほど肌は真っ白。
それでいて無表情。
その「首」が、気がつくと稲川さん達の車のすぐ前方に浮かんでいたのだ。
そうかと思うと首はフロントガラスをすり抜けて車内に入ってきた。そしてスポーン!と
後ろに抜けて行ったのである。
(うわーっ!な、何だ!?今の…。)
しかし稲川さんは東さんにはその事は言わなかった。不思議な事だが気づいていない
様子だったし、稲川さんを降ろした後は東さん一人で自宅に帰らなくてはならない為、
変に怖がらせては申し訳無い、と思ったからだそうだ。
(疲れてるのかもしれない・・。)