◎吾輩は公衆電話である。
181 2005/09/11
我が輩は公衆電話である。
名前はまだない。電話でも公衆でもなんでもいい。間違っても口臭などと言うでないぞ。言った傍から天誅を見舞ってやるやるからな!!!
最近、吾輩一族は路頭に迷う状況に貶められている。あの携帯電話なるちゃらちゃらしたお手軽電話が世間に広がりつつあるからだ。なんて嘆かわしい。吾輩一族が街角に立って、早ウン十年。声と言う大切な真心を届ける為に、雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ頑張ってきたと言うのに、奴等がでしゃばって来てからはスーパーマンの着替え室に使われたり、雨宿りに使われたりと、全くもって嘆かわしい扱いばかりの日々。苦汁を舐める日々なのだ。
如何に吾輩一族が人間にとって大切な存在であったのか、今こそ話して進ぜよう。
ある少女が、いたのだ。年はそう…16〜17くらいか。この少女には慕う人がおった。まだ時代は、携帯電話1台が数十万の頃。この少女は、どうしても慕う人になかなか想いを告げることが出来なかった。そしてとうとう慕う人は卒業とやらを向え違う街に引っ越していったのだ。例え遠くにいったとしてもこの少女の想いは消える事なく、逆にどんどん加熱していったのだ。なんて純粋無垢で一途な片恋。聞くだけで胸がじーんとするだろう?
そして今、その少女が吾輩の懐に飛び越んできた。慕う人にどうしても止まらない想いを告げる度に。少女の頬は赤く上気し、鼓動は回りに聞こえてしまうくらいの高鳴り。おお。これが青春ってことなのだろう。
受話器を握る手が震える。しかしまだテレホンカードが入れられない。最近ではコンビになどでしか見る事の無くなったあのぺらぺらとしたカードだ。震える手でカードを入れる。そして慕う人の番号を一つ一つ噛み締めるかのように押していく。しかしどうしても最後の数字が押せない。後一つ。その数字をプッシュすれば慕う人に繋がるのに。最後の数字を、押そうとして変わりに受話器を置く。解るか?この躊躇う気持ちを。
それをなんだ携帯って奴は!一度登録してしまえば後は選んでポンだ。間違って選んでも指先一つでダウンだ。携帯電話には最後の数字を押せない歯がゆい美学が全くないのだ!!その時点で既に、どこか冷たい冷酷な匂いがプンプン漂ってくるではないか。
少女は何十回と押せない状態を繰り返しつつやっと最後の数字が押せたのだ。しかし誰がこの少女を笑えようか。いや笑えやしない。何故なら個室だからだ。誰かに指摘される事も邪魔される事もなく、思う存分躊躇できる間が用意できるのだ公衆電話は。
そして受話器から呼び出し音が聞こえてくる。
ぷるるるる♪ぷるるるる♪少女の鼓動も呼び出し音に急かされるかのように更に鼓動が、早くなっていく。もうすぐ、もうすぐ慕うあの人の声が聞ける。期待と不安と伝えたい事が伝えられるかどうかの瀬戸際で呼び出し音と共に葛藤の激しくなる心。これが恋なのか?!
しかし少女は耐えられなかった。鳴り止まない呼び出し音に緊張は極限まで達し、ついに受話器をフックにかけようとした。
その時!!!
「…もしもし?」
少女はその声を聞き声を出す事が出来なくなった。懐かしさと溢れる想いとこれから言うべき想いがどういう方向へいくかと言う思いが入り交じって。
「…もしもし?誰?」
もう後には引けない。慕う人が受話器の先にいるのだ。世界は電子音と共に別々の二人の空間を一気に繋げた。ここから先は公衆電話の役目ではない。繋がった世界の主役は少女と慕う人だ。
「もしもし?」
「先輩…」
「あ、なんだ美咲か。どした?」
「あの…その…」
もう少しだ、少女よ!さぁ今こそこの受話器を通して熱い熱い想いを解き放つのだ!!!
「どした?」
「あの…山田先輩…実は…今どうしても言っておかなければならない事が…」
「ん?なんだい?」
「あの…貸したお金返して下さい!!返えす返えすって言って返ってきてません!!」
えっと…愛の告白…じゃなかったのか少女よ…返済請求の電話だったのか…しかも、慕う人じゃなくて支払う人だったのか…ってどーしてこの作者はこんなひねくれた話しにもっていくんだぁぁぁぁぁあっぁぁっぁぁっぁぁっぁぁっぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!
ただいま、公衆電話さんがお怒り中です。今しばらくお待ち下さい。
はぁはぁはぁ…。久しぶりに叫んだから息が切れてしまったじゃないか!!
こんな事を書くからますます公衆電話一族の権威が失墜するんだ!解ってるのか!本当は告白がなかなか出来ない少女が公衆電話を使って一人震えながら思いを伝える大切なシーンなんだぞ!もう80年代〜90年代前半でないと味わえない淡いシチュエーションが、公衆電話がまだまだ今の世に大切なんだと訴える事の出来る切り札だったんだぞ!
だからそこの酔っ払い!!!どうして受話器を耳につけずに頭に乗せて「ちょんまげ〜」なんて下らんギャグをするんだ!!!我等公衆電話一族はそんな事をする為にウン十年も、街角で立ってきた訳じゃないんだぁないんだぁないんだぁないんだぁ…。