◎色は匂えど 5万HITお題雑文

195 2005/11/06



 ◆谷川 雫様よりお題提供
 :題  名「色は匂えど

 :書き出し「
「まさか・・・」真坂は絶句した。
 :途  中「
@にんじん」「Aかもめはかもめ」「B外反母趾
      
(@ABを順番に入れる)
 :締  め「
今日はデパチカのオータム・フェアーに行こう。
 :方 向 性「シリアス系+涙もの」


 「まさか・・・」真坂は絶句した。

 妻とはもう、20年近く連れ添ってきた。出会いは17歳の冬。妻の財布を拾った事から始まった。何度も会い、何度も気持ちを確かめ合い、そして20歳の冬に結婚。それからは二人、仲睦まじく暮らしてきた。大きな喧嘩も無く、子宝には恵まれなかったが、それでも子供が出来なかった事が原因でギクシャクする事もなく、まるで新婚夫婦の様に何時までも手を繋ぎながら買い物に行くほど仲は良かった。近所からは、おしどり夫婦と言われ羨ましがられるくらいだった。

 そんな二人を今、非情に死を知らせる電話で引き裂かれた。死因は詳しく聞かなかったがおそらく原因は昔から抱えていた、心臓発作を引き起こす心臓病。ここ4〜5年は、心臓の発作が起きることもなく、発作に怯える暮らしから解放されていた。妻も真坂も、心臓病の事など忘れのんびりと旅行をしたり釣りをしたり、仕事はそこそこ忙しかったが、なるたけ二人の時間を持てるようにして充実した生活を送っていた。

 今日妻は、妻と真坂の冬物の服を買いに行く為に朝から出かけていた。
 真坂は妻の大好きな
にんじんのポタージュをにんじんのピューレにした物から作るんだと息巻いて家で料理に明け暮れてた。真坂が唯一作れる料理であり、妻がとてもかわいらしい笑顔と美味しいと何度も言ってくれる料理でもあった。もちろん妻には内緒だった。

 やっとにんじんのピューレを作り水と牛乳を用意し終えた時だった。不意に電話が鳴る。そして妻の死。真坂は着の身着のままで家を飛び出した。運良くタクシーが捉まった。外は秋特有の冷たい雨が寒々と囁きながら降り注いでいた。なぜかタクシーの中で中島みゆきが作詞作曲し歌った「
かもめはかもめ」が寂しい韻律を流しながら真坂の心に響いてきた。があまりに物悲しい韻律に、真坂は胸が苦しくなり運転手に音量を下げてもらう様に伝えた。強くは言えなかった。多分今大きな声を出してしまったら、胸の中で渦巻いているこのどうしようもない悲しみが表に流れ出して、我を忘れてしまいそうだったから。

 妻が運ばれた病院に着いた。真坂は万札を運転手に出ると同時に渡しそのまま病院の中に吸い込まれるように入っていった。妻は苦悶の表情ではなく何故か微笑むように眠ってた。看護婦達は驚きの顔を隠せなかった。なぜなら数分前までは目を背けたくなるほどの苦悶の表情を浮かべていたからだ。しかし真坂が病室に入る数秒前に急に穏やかな表情へ。本当に看護婦達は驚いていたが、たぶん愛する夫が来てくれた事が嬉しかったのだろうと思えた。そうでなければ今の表情の移り変わりが解らないからだ。

 死因はやはり心臓発作だったらしい。買い物先のデパートの個室トイレで倒れ発見が遅れ命を取り留められなかったと言うのもあるが、ここ最近発作も無かった所為で薬を持って、いなかったかのも大きな要因だった。

 真坂は「なんで…今頃…。」そう口に出た瞬間、涙が怒涛のように流れ出した。そのまま妻の亡骸にしがみつき、まるで幼い子供のように泣き喚き嗚咽を繰り返した。そして何度も妻の顔をさすっては大粒の涙を零し身が引き裂かれているような、そんな声を上げていた。そして何度も妻の体をゆする真坂を誰も止められなかった。

 妻は真坂と違いかなり社交的な人物だったらしい。真坂の知らない友人で弔問客の6割を占めていた。知らない相手、知っている相手、妻の幼い時を知らない真坂にとって、とても羨ましくもありまた寂しくもあった。そして通夜は何事もなく真坂を置いてきぼりにしつつ終った。手伝いに来た友人達に帰宅を促し真坂は妻と二人きりになった。友人達がかなり、心配してたがそれでも「二人の時間を大切にさせてくれ」と言う願いを聞き入れるしかなく弔いの言葉をかけて帰った。二人の共通の知人達もほおっては置けないのが心情だった…。

 そして真坂は棺を開け、しばらく妻を見詰め、徐に頬を触った。もう生前のときに感じたあの温かさはなく、弾力も無かった。しかしそれでも静かに優しくさすりながら真坂は眠る妻に声をかけ始めた。

 「もう連れ添って20年だったなぁ…」
 「なぁ、どんな服を買いに行ってたんだよ」
 「お前の好きなにんじんのポタージュ作ってたんだぞ…」
 「なんで薬を持っていかなかったんだ」
 「どうして俺は一緒に行かなかったんだ」
 「もっとお前と笑っていたかった…」
 「なんで何も言ってくれないだよ…」
 「聞こえているんだろう?なぁ…」
 「…そう言えばあと少しで結婚記念日だったなぁ」
 「実はさ、前から欲しがってたネックレス買ったんだよ」
 そう言い、真坂は奥の引き出しから綺麗に包装されている箱を取り出した。丁寧に丁寧にラッピングを剥がしていった。妻は昔から包装紙を破くのが嫌いだった。真坂はあまり気にせずいつも破きながら開けていたが、その度に怒られていた事を思い出していたのだろう。そっと蝶番の小箱を開けて、キラキラと輝くエメラルドがついたネックレスを取り出した。妻の頭を静かに支えながら持ち上げ、そのネックレスをつけた。
 「うん。白い肌のお前にとても似合っているよ。新緑のような匂いが漂ってきそうだ」
 「このネックレス、買って良かった…買って良かった…買って…」
 真坂は零れる涙を両手で受け止めながら静かに崩れた。
 プレゼント渡した時の妻の驚きの顔や箱を開ける時のワクワク顔やネックレスを手にした時の目を細めて喜ぶ顔や、真坂に後ろで止めるの手伝ってと甘えてくる声や、ネックレスを少し揺らしながら「どぉ?」と微笑みながら小首を傾げるしぐさが、真坂の中で広がる。
 「どうして微笑んでくれいないだ!どうしてはにかんでくれないんだ!どうして!!」
 「お前以上に愛せる女なんかいない…」
 「どうして俺をおいていった…」
 「もう一度だけでいい。愛していると言ってくれ…お前の優しい声で…」
 嗚咽ばかりが新と静まり返った部屋の音と大地を無慈悲に叩きつける雨音が奇妙に混ざりそして秋夜は何も言わずに包んでいった。

 真坂は改めて棺に収まる妻の体を静かに見た。綺麗に整った眉。少し小さめな目。スッと通った鼻筋。ぷっくりした唇。細い首。小さな肩。豊かに隆起した胸。静かに眺めていく。そして長い足。細い足首。小さな足の指。

 「そう言えば
外反母趾になりかけてるのと言いながら何度もさすっていたっけ。」
 真坂はあまり詳しく知らない病気であったがあまりにも妻が気にしている姿を見て近々、外反母趾防止用の靴下でもあれば買おうと決めていた。そして真坂は妻の足をさすりながら間に合わなかったな…すまんな…すまん…、と何度も呟いていた。

 白々と夜が明け始めた。真坂は静かに静かに、そっと妻に最後の別れのキスをした。
 そして周りの友人のお陰で本葬も終り出棺も終り納骨まで済ます事が出来た。

 それから2ヶ月後。

 妻に供える物がちょうどきれてしまい、何かないかとキッチンに行くとそこに妻の愛用のバックがおいてあった。真坂は、あ…お棺に入れてやれば良かったかなぁと苦笑いしつつ、ちょっとだけ躊躇しながらバックをあけた。妻のバックなんて持つ事はあっても中まで見ることなんてなかったからだ。中には化粧道具やハンカチ、そして小さな手帳が入っていた。その手帳は妻が一日の予定や日記的に使っていたものだった。

 真坂は、ウィスキーをグラスに注ぎソファーに腰掛けて、飲みながら手帳を開いてみる。そこには特別な事は書いていなかったが、二人の旅行記やバーゲンの日にちが書かれてたりしていた。結構几帳面に書いていたんだなぁと真坂は関心ながら今月のページをめくる。

 そこには、近場のデパートで行われるバーゲンの日付がちょこっと書いてあった。しかも丁度その手帳に書かれているバーゲンの日は今日だった。さらにそこのデパートには、妻の好きだったにんじんのポタージュを扱うデパチカのレストランがあった。良く二人は、そのお店で合流し、にんじんのポタージュを食べた事を思い出した。そこで真坂はこう呟く。

 お供え物も丁度切らしてしまったし、買い物がてら久しぶりににんじんのポタージュを
  食べにいくか。よし、
今日はデパチカのオータム・フェアーに行こう。

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