◎十人十青 10万HIT雑文

219 2006/07/12



 ◆那由他様の創作雑文
 :題  名 「十人十青」
 :書き出し 「
最初の1行目に必ず自然を組み込んで書き出す。
 :単語挿入 「
春雨」「小川」「布団」「電話」「五右衛門
       「
」「」「」「なんじゃこりゃぁ〜〜」「コーヒー
       「
内緒」「別れ
 :書き終り 「
自然を組み込んで終らせる。

その日は雨が降っていた
しとしとという表現が似合うような
春雨だった。
大学とバイトで夜遅く、へとへとで帰宅した日だった。

と。僕の部屋のドアにもたれて、青いワンピースの女の子が座り込んでいた。
女の子は下を向いてうずくまっていた。
僕が自分の部屋かと疑った時、彼女は顔を上げた。
黒い大きな瞳が僕を見上げる。
「あのー…ここ、僕の部屋だけど何か…」
彼女は立ち上がった。
小川さんのお宅ではないのですか?」
「いやあ…僕は1ヵ月ぐらい前に引っ越して来たばかりで…。よくわからないんだ」
彼女の目が絶望に曇った。
「そうですか…」
そう、ぽつりと言うと、ふらふらと帰って行った。

僕は鍵を開けて部屋に入った。
カバンを置いて、ため息をついた。
時計を見ると午前1時を過ぎていた。
ふと、さっきの女の子を思い出した。
こんな夜中に、ひとりで大丈夫だろうか。
そういえば傘も持っていなかった。
そう思った時、猛烈に気になった。
僕は慌てて靴を履いた。
アパートの階段をおりる時、まだ彼女の姿が見えた。
階段を駆け降りて、走れば追いつく距離だ。
僕は傘もささず、つっかかりながら走った。

やっと彼女に追いついて、息を切らしながら聞いた。
「ねえ、君の家はここから近いの?」
うつむいて彼女は頭を振った。
「もう、電車とかないんじゃないの?」
彼女はただ黙って頷いた。泣いているようにも思えた。
「あの…さあ、よければ僕のとこに来ない?」
あの、長いまつげに縁取られた瞳がこっちを見た。
「あ…、変な意味じゃなくて…その…何にもしないから…」
男ってバカだ。こんな時、余計なことばかり言ってしまう。
「うん…。ありがとう…」
伏し目がちに彼女は答えた。泣いてはいなかった。
ただ、部屋へ行く間も彼女は黙ってうなだれていた。

部屋に入って、彼女にタオルを渡した。
「名前は?」
「葵」
彼女はそれしか答えなかった。
そして、それ以上何か聞けるような不陰気ではなかった。
彼女を呼んだのはいいけれど、女兄弟もいない、女の子の扱いもわからない僕は、少し戸惑った。
身体を拭いたら、僕は酷く疲れていたのを思い出して、彼女に着替えや
布団を用意して、後は適当に使ってくれと言い残して、自分の布団に潜り込んで眠ってしまった。

翌朝、親友の健からの
電話で目がさめた。
「おい、お前、
五右衛門の講議落としたらヤバイんじゃなかったっけ?」
五右衛門とい言うのは、大学の教授のあだ名だ。
慌てて時計を見た。10時をまわっていた。
ヤバイ!
もっと慌てふためいて、支度をようとして止まった。
横で彼女が無防備に眠っていた。
そうだった、夕べ…。
一体、 彼女に何があったのだろう…。
暫し寝顔を見つめて。
はっ、こうしている場合じゃなかった。
僕は音を立てないように、急いで支度をして大学へ向かった。

何とか講議には間に合った。
機転を利かせてくれた健のおかげだ。
午後はまたバイトが入っている。
慌てて出てきたので、一度家に帰らなければ。
彼女は…葵はきっともう、いないだろう。
そう思って帰ると、まだ彼女がいるのに驚いたのと、同時にちょっと嬉しかった。
彼女は部屋を掃除してくれていた。
「天気がいいから洗濯もしちゃった。よかったかしら?」
昨日の雨は
のように止んで、青空が広がっていた。
それと同じように、彼女も昨日の沈んだ様子はなかった。
「うん…、ありがとう」
気持のいい青空に、彼女が着ていたあのワンピースもはためいていた。
彼女は夕べ着替えに渡した、僕のTシャツとGパンを着ていた。
思いもよらないことに、一瞬たじろいだ。
そしてもっと、彼女がここに居てくれたらいいなあ、と思い始めていたとき
「それで…。もう少しここに居てもいいかな…あたし、行くところないの…」
「うん!!いいよ!」
何も考えず返事をしていた。
彼女は何も持っていなかったので、着替えなんかを買ったらいいと、スペアキーと少しのお金を置いて、バイトへ向かった。
今日のバイトは早く終るはずだ。

バイトの時間は終り、僕はウキウキした気分で家路についた。
アパートの僕の部屋が見えた時、明かりが付いているのが無性に嬉しかった。
帰ると部屋は美味しそうな匂いがしていた。
「お帰りなさい」
ずっとここに住んでいたかのように彼女が出迎えた。
「た…ただいま」
まるで新婚家庭のような、 ちょっと恥ずかしさも手伝って小声で答えた。
彼女は置いていったお金で服は買わず、夕飯の材料を買い、支度して待っていてくれたのだった。
「料理は得意じゃないの」
そう言うけど、料理はおいしかった。
食べながら微笑み合った。
このとき葵が好きだと思った。
突然住みついた、幸せの青い鳥のようだと思った。

葵が僕の部屋にいることで、僕の生活はまったく変わってしまった。
今までに何も感じなかった心が、初めて色を見た衝撃を受けたような、わくわくした感じに取り憑かれたようだった。
大学とバイト先の伝書鳩のような生活が一転して、ふたりでいる時間を思うと憂鬱もどこかへ行ってしまった。
ただ田舎から出たくて何の目的もなく、都会の大学に合格したのをきっかけに一人暮らしを始めただけだったので、大学に行っても面白い事などなく…。
親に少し仕送りをしてもらって、足りない分をアルバイトで補うような貧乏学生で、都会に出て来て、ただその日を食い繋ぐような、消耗する毎日を送っていたのだった。


「おかえりー」
その日、葵はハンバーグを作って待っていてくれた。
上京したての時は、何とか自分で食事を作って見ようと思ったが。
今まで自炊などした事がなく、無理して食べるようなものしかできなかったので、近所のコンビニなどで総菜や弁当を買っていた。
手作りのハンバーグなんて久しぶりだ。
葵はいそいそと小さなテーブルに料理を並べ始めた。
と。僕を閉口させるものが、ハンバーグと同じ比でお皿に乗っていた。
それは、僕の大嫌いなニンジンが、グラッセになってたくさん添えられていたのだった。
「…」
とりあえず、いただきますをして、食べ始めた。
やっぱり、ニンジンだけは、箸が進まない…。
でも、葵がせっかく作ってくれたんだ、食べなきゃ。
「ごめんね、他の野菜がなかったから、添えるのニンジンだけになっちゃって」
「ううん、おいしいよ」
僕は焦って、ニンジンを一口、口に放り込んだ。
「!!!!!」
おいしい!!
それは、今までの偏見を覆すような驚きだった。
葵が作ってくれたからかな…。
密かに思っていたが、葵のおかげで、僕の好き嫌いが治ってしまっていた。
葵がいると、そんな驚く事ばかりで、どんどん自分が変わっていくように思えた。
今まで気が付かなかった、気にも止めなかったことに、色々気が付くようになった。
窓から雲や夕日を眺めたり、夜中に月や
を眺めたり。
道ばたに咲いている花をきれいだと言ったり、匂いを嗅いでみたり。
ラジオから流れてくる音楽を聞いたり、テレビの映画やドラマを見て泣いたり笑ったり。
葵は好きなものがたくさんあって、僕も葵に釣られて色んなものが好きになった。
好きなものがたくさんあるということは、心がとても豊かになった気がして幸せに思えた。

ふたりでコンビニに行った時の事だった。
何を買おうかと品物を選んでいると、葵が真剣に見ている雑誌があった。
「何を見ているの?」
覗き込むと、南の島の写真が載った雑誌だった。
「きれい…」
その雑誌を買って帰って、ふたりで眺めた。
どこまでも青い

この都会の海も、この海と繋がっているのかと疑りたくなる。
一度行ったことがあるが、
なんじゃこりゃぁ〜〜!?だった。
けれど写真の海は透明に澄んで、青い空を写しているようだ。
こんなところで、のんびり過ごせたら夢のようだろう。
飽きるほどこんな海を眺めてみたい。
葵とふたりで行ってみたいと思った。
そしていつか本当に、ふたりで行こうと、自分の心の中で決めていた。
きっと、そんな日が来るんだと思っていた。


ある日、不思議な夢を見た。
たくさんの鳥の声で目がさめた。
でも、まだ目は開けていない。
そして、声がした。
「汝の願いを叶えよう」
鳥たちは歓喜のように鳴いて、目を閉じたままなのに、僕に向かって飛んでくるのがわかった。
僕はびっくりして、向かってくる鳥を、腕でかばおうとして飛び起きた。
その瞬間、鳥の声はしなくなった。向かってくる鳥もいなかった。
いつもの朝だった。
目覚ましもなしに目がさめてしまった。
今日は大学は休みで、バイトだけだ。
夕方には帰って来れる。
葵はまだ眠っていた。
僕は起こさないようにして、バイトに出かけた。


バイトが終って、いつものように家へ帰ったが。
葵は家にはいなかった。
買物にでも行っているのかな…。
葵がいないと誰もいない、大して荷物のないただ淋しい部屋だ。
窓を開けて夕暮れを眺めた。
空は薄紫に暮れていく。
夕方の風に吹かれながら、ふと、今朝の夢を思い出した。
あれは…何だったんだろう…。
鳴いていたのは青い鳥のような気がした。
いや、気がしただけで、はっきり見た訳ではない。
夢だから、そんな風に感じるのだろう。
みんな、何処かに飛んで行ってしまった気がした。
それが何故か、葵がどこかに行ってしまうような気持ちになった。
気になり出したらずっと、僕の中にチカチカと点滅する警告のように、何も手につかないほど気になった。

そのまま、一晩中葵を待っていたのだが、葵は帰っては来なかった。
今日は大学はあるけれど、行く気になれず、ズル休みをしてしまった。
でも、バイトは昨日今日で休む訳にはいかないので、出勤した。
しかしミスだらけで散々だった。
終ったら駆け足で家に帰った。

やっぱり葵はいなかった。
帰って来た形跡もなかった。
どうしたんだろう。
何かあって、帰って来れなくなったのだろうか。
大変だ!警察に連絡を…!
勢い良く受話器を掴んで立ち上がり、110を押そうとした。
頭の中で、言う事を考えて…。
「あ…」
その時、葵の苗字すら知らない事に気が付いた。
なぜこの部屋の前にいたのか、いずれ聞いてみるつもりだった。
けれど葵は言いたくなさそうだった。
そう、名前以外何も聞けないままだったのだ。
勢い余って、へなへなと座り込んでしまった。
このまま、ここで葵が帰ってくるのを待たなくてはならないのか…。
けれどもう、葵は帰ってこないような気がする。
そんなことないさと打ち消しても、あの鳥の声がどこかで聞こえるような気がして仕方がなかった。

僕は葵を待ち続けた。
昼も夜もずっと。
大学もバイトも行かず。
バイトは体調不良のせいにして、暫く休みをもらった。
葵に何かあったら、どうしよう。
そして戻って来なかったら…。
それとも、葵に嫌われるようなことをしたのだろうか。
もう、何もする気になれなかった。
「ピンポーン」
いきなりチャイムが鳴って、飛び上がって驚いた。
葵が帰って来た!
急いでドアを開けた。
「うい〜す」
そこには脳天気そうな健が、コンビニの袋を下げて立っていた。

大学に来ない僕を、健は心配して来てくれたようだった。
「なんだ、元気そうじゃん。風邪かと思ったよ」
健は食べるものを買って来てくれた。
コーヒーを入れてふたりで食べた。
健には葵の亊は話していなかった。
と、言うか、
内緒にしていた訳ではないが、誰にも話していなかった。
でも、健はなんとなくわかっているようで、気使ってくれているのがわかった。
僕は申訳ない気持になって、葵のことを話した。

「そうか…」
健はそれ以上何と言ったらいいのか、わからないようだった。
男ふたりでしんみりしてしまった。
「女なんて、そんなもんだよ。気にするな、な?」
健が気を使って、おどけているのがわかった。
「そんな時は、新しい恋を見つけることだよ!そうだ、それが特効薬だよ!」
僕の元気を出そうと、バンバン背中を叩いて、励ましてくれた。
「じゃ、今度、合コンしよう!合コン!!」
僕は作り笑いしか出来なかったが、健の励ましてくれようとしているのが嬉しかった。
セッティングはまかせとけ!と胸を張って健は帰っていった。


健にお膳立てしてもらった合コンで、僕はちんまり座っていた。
健の号令で7〜8人ずつ、男女が集まったのだった。
都会の女の子は、きれいに化粧をして華やかだ。
みんな楽しそうにしている。
そんな中僕ひとり、どう見ても田舎者のような気がして、中々打ち解けられなかった。
「はい、じゃあ、席がえ〜!」
男性陣の席の順番を入れ換えた。
みんなまた、目の前の女の子と話し始めた。
「どうしたの?楽しくないの?」
僕の前に座っていた女の子が話しかけてきた。
「え、そんなことないよ」
楽しくない訳ではなかった。
流行りの物も何も知らなくて、皆の話に相づちを打つのが精一杯なだけだった。
そんな心情を話すと、その女の子とはすんなり打ち解けられた。
お開きになるまで、彼女とは楽しく会話ができた。

「どうだ?気に入った子はいたか?」
解散してから、健は興味津々で聞いて来た。
「うん、いたよ。ありがとう」
そうか、よかったよかったと、健は得意げに喜んで帰っていった。
僕も久しぶりに楽しかったので、別れ際は笑顔で感じ良く
別れた。
けれど…。
ひとりアパートに近づくと、また、あの孤独感が押し寄せてくる。
部屋に明かりは付いていない。
入って明かりを付ける。
さっきまでの楽しかった時が、尚、淋しさを募らせる。
葵がいない。
ただ、それだけだ。
元々いなかったのに。
がらんとした、部屋の中。
葵は何も欲しがらなかった。
だから、葵のものは何も残っていなかった。
なのに、葵は僕にたくさんのことを残していった。
葵は何者だったのだろう。
この部屋の前の住人の居場所がわかって、出て行ってしまったのだろうか。
そいつは男なのか…?
葵と想像の男が一緒にいるところを思い浮かべたら、無性に腹が立った。
なんだい、黙って居なくなりやがって。
あの日、呼び止めるんじゃなかったとか、勝手に色々想像して怒ったりしていた。
葵を憎む事で、この気持を摺り替えて心のバランスをとろうとした。
でも…。
部屋のあちこちに、葵がいたことが、僕の心には染み付いていた。
もう、葵が天使でも悪魔でも構わなかった。
もがきたくなるほど、葵が恋しかった。
でも、その気持はどこにもやりようがなくて、ジタバタした。
どうしたらいいんだろう、こんな気持を。


「彼女とはどうだい?」
例の合コンで感じのよかった女の子との事を聞いてきた。
彼女とは時々メールをしたりしていた。
ひとり淋しいときは、彼女からのメールが嬉しかった。
時々大学で会った時は、一緒にお茶を飲んだりしていた。
けれど、それ以上の気持にはなれなかった。
葵に持った感情を、誰にも持てなかった。
葵の代わりは、誰も居ない。
彼女は葵じゃない。
彼女を葵の代わりにするのは、彼女に失礼だと思うし、彼女も付き合うような気持を、僕に持ち合わせてはいないような感触だったのだ。
それでも、あの合コンで友達が増えて、大学では楽しくやっていた。
そうとは知らず、健はすっかり僕が元気を取り戻したのだと、安心したようだった。
本当は無理に葵の亊は考えないようにしているだけで、内心はグダグダだった。
しかし、大の男がそんなことでクヨクヨしていられないのが現状だ。
前と同じ、大学とバイトの毎日。
でも、それが余計な事を考えなくていいのが救いだった。
僕がどんな心境でも、毎日朝は来て、追い立てるように日常がある。
もう葵のことは、夢だったのだと思う事にした。
実際、葵がいた時は夢のような毎日だった。
そして、夢のように居なくなってしまった。
だから出会いすら、夢だったのだと。
そんな毎日をやり過ごすことで、平常心を保っていた。


平常心を保つのにも慣れてきたある日、街で青いワンピースの後ろ姿を見た。
葵ではないと思いながら、人込みにまぎれて行くのを見失わないように追いかけた。
けれど見失ってしまった。
平常心に保っていた気持がグラついてくる。
また、あの気持を思い出してしまう。
胸を掻きむしりたい衝動にかられてしまう、この気持を。
どうにも苦しくなって、家に帰った。
けれどやっぱり、葵が居ない淋しさを募らせるだけだった。
もう自分の居場所すら、どこにもないような気がした。
引っ越そうと思う気持と、そんなお金もないしと言いわける気持の裏に、もしかしたら、葵が帰ってくるかもしれないので、この部屋を出る訳にはいかないと言う気持が隠れていた。
あの後ろ姿は葵だったのだろうか。
葵だったような気もする。
まっすぐ背筋を伸ばして、早足で歩いて行くのは、葵の今が充実していて、幸せでいてくれているような気がした。
葵ではないかもしれないのに、ただ自然に、葵が幸せなら、それでいいやと思う気持がふっと浮かんだ。
「それなら、いいや」
初めは無理にそう言って笑った。
なぜか、今までの苦しかった気持が少し軽くなった気がした。
今まで押しやってきた気持が溢れてきた。
苦しくて声を出して泣いた。
もう、いいんだ。葵は幸せにしている。
涙は止めどなく溢れた。
息が出来なくなると思うほど、泣いた。
葵への気持を、違う気持に摺り替えようとしたけど、上手く行かなかったのは、摺り替えられるものがなかったからだ。
そうか、ずっと苦しかったのは泣けなかったからだ。
自分の気持にケリが付かないままで、泣くに泣けなかったのだ。
今は誰に気兼ねすることもない。
情けないぐらいにオイオイ泣いた。
ひとしきり泣いたら、あんなに苦しかった気持が随分楽になった。
暫くしたら、また苦しくなるかもしれない。
でも、泣けない事がこんなに辛いとは思わなかった。
もう人前で、平気な振りをしないで済む。
けれど、葵への気持が変わった訳ではない。
少しずつ、気持が落ち着き始めたのだ。


外はもう、秋の日射しに変わっていた。
夏休みは帰省せずに、バイトで働いた。
葵を忘れる為ではなく、とにかく何かしていたかったのだ。
休日は殆どなかった。
でも今日は休みだ。
久しぶりに一日のんびりできる。
そこで部屋の模様替えをすることにした。
何も引っ越さなくても、ちょっと家具の位置を変えれば、また、気分もかわるじゃないか。
窓を開け放って、ゴトゴトと大掃除を始めた。
とは言っても、そんなに物のない部屋だ。
2〜3時間でほぼ完了した。
机を動かす為に、どけた本を戻している時、葵がいつまでも眺めていた南の島の雑誌が出てきた。
それと重なるように、窓の外の空を眺めていた後ろ姿を思い出した。
やっぱり葵が恋しいと思った。
でも、苦しかった気持はもう、以前ほど強くはなかった。
葵が眺めていたページを開いた。
見開き、眩しい青い海の写真。
葵はここに行きたかったのだろう。
葵は青い鳥になって、この空に羽ばたいて行ってしまった気がした。
でも、それでもいい。
葵が行きたかった場所なら。
いつかふたりで行く夢は消えてしまったけれど。
そこで、幸せにしていてくれるなら。
僕に何が言えるだろう。
静かに雑誌のページを閉じた。

それから、月日は流れ、僕は社会人になっていた。
学生のときより忙しい毎日に目がまわりそうだ。
健達とは社会人になっても、相変わらず時々行き来している。
何度か迎かえた春も、今年はまた、雨の日が続いた。
雨の日は、またドアにもたれて葵がいるような気がする。
まだ葵のような気持になった人には、出会っていない。
やっぱり、葵は葵だ。
でもいつか、葵のように思える人は現れるかも知れない。
葵とは、また違った青い鳥で。
まだ葵はどこかで幸せに暮らしていると、お守りのように思っている。
それでもこんな
雨の日は、心の中の青い鳥と戯れる夢を見る。

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