◎十夢 10万HIT雑文
223 2006/07/26
◆野の牛様の創作雑文
:題 名 「十夢」
:書き出し 「最初の1行目に必ずなんらかの数字で書き出す。」
:単語挿入 「如月」「星」「灼熱」「嘘でしょ?」「煙草」
「イングリモッチャー」「モルゴン共和国」「ガメラ」「モスラ」
「ハーローゲン!!」
:書き終り 「なんらかの数字(英数字漢数字問わず)で終らせる。」
一夜目
「今から十の夢を見しとき、十番目の夢は現となり、そしてお前は死ぬだろう。」
如月は飛び起きるように目を覚ました。
外はまだ薄暗く、最後の星が今だ姿を隠した太陽に負けまいと懸命に輝いている。恐らくは今日も灼熱の猛暑となるだろう。熱帯夜を象徴するかのようにシーツはよじれ、枕はじっとりと濡れていた。ただ如月の体だけが冷気を放っていた。
「嘘でしょ?」
如月は凍った血を溶かすかのように煙草に火をつけた。
それは毎日のように見るただの夢の一つではあった。しかし今でもはっきりと思い出されるその言葉と妙に説得力をもったその声を、如月はただの夢の一コマとして忘れ去ることはできなかった。
残された命はあと10の夢。そう、それは如月にとっての紛れもない死の宣告であった。
二夜目
「イングリモッチャー、モルゴン共和国を襲来!!」
昨日の夢を見てから、恐怖のあまりテレビをつけたまま眠ってしまった如月は、そんなニュースとともに目を覚ました。そしてそこに映し出された映像は、驚愕というほかに言葉が見当たらなかった。巨大な怪獣が火を吹き、飛び回り、街を破壊しているのである。
映し出された街の建造物から比較すると、その怪獣の大きさはゆうに100メートルを下らない。その姿は赤く毛むくじゃらで、頭には巨大なヘリコプターの回転翼のような物がついている。どこかユーモラスなその姿はガメラでもモスラでもなく○ックに酷似していた。しかし縦横無尽に飛び回り、その口から吐き出された炎によって焼きはらわれた街や人々の被害を見ると、如月は只々恐怖するしかなかった。
しかしよく見ると、その街の風景には見覚えがある。その刹那如月は思い出した。自分がモルゴン共和国の住民であったことに。そしてテレビの中のその風景は、如月が通っている職場のある街であった。
・・・ということはもうすぐこの街にもやってくるのか!この悪魔が!イングリモッチャーが!!
そう思った刹那、ドドゴゴゴゴォ!!と大きな地響きがし、震度5を超えるのではないかという揺れが如月を襲った。
何とか立ち上がり、窓を開けた如月の目を襲ったのは眩むほど鮮烈な赤!赤!赤!それは燃え盛る炎の赤、そして巨大な怪物の体毛の赤すぎるほどの赤であった。
如月はその信じられないような光景を疑うことはできなかった。空気は熱く乾ききり、今まで経験したことのないほどの濃い灰のにおいが部屋を覆い、耳には人々の魂からの叫び声がこびり付く。五感を襲う強烈な刺激が如月の意識をこれ以上ないほどに覚醒させていた。
ふと目に飛び込んだ白と黒、底の見えない虚無の穴。それがこの怪物の顔であることに気づくのにさして時間はかからなかった。如月と怪物が見つめ合う。如月の恐怖は計り知れないものではあったが、怪物のその大きな瞳に魅せられたかのように、目を逸らすことはできなかった。
全てを見透かすかのようなその瞳、逆にいなかる感情も読み取ることのできないその瞳。
「こいつはオレを殺すのだろうか?しかし・・・どうせならひとおもいに殺してくれ!」
蛇ににらまれた蛙となった如月は何とかしてその瞳から殺意を読み取ろうと必死だった。しかし突如その瞳に現れた感情は、殺意ではなく・・・落胆だった。
「よもや生きているのか死んでいるのかもわからないお前の命を奪うのも面白くない。しかし・・・お前の望みをかなえてやろう。この光熱の業火で!!」
怪物が大きく口を開ける。如月の視界全体に虚無の暗闇が広がり、その暗闇の中のさらに濃い闇の部分が、突如として強烈な光を放った。吐き出される炎、如月の体は一瞬にしてその光熱に包まれる。その炎は如月にとって絶望でもあり、そして希望でもあった。あまりにも高すぎる温度によって溶かされるような感覚は、痛みを通り越して清々しい心地よさに満ちていた。
「これで・・・オレは死ぬんだ・・・」
もうどうすることもできないこの状況で、如月は潔く死を受け入れようと思っていた。生きているのか死んでいるのかわからない、確かにその通りだ。そんな命なら失ったところで何も変わりはしない。如月はそう思おうとしていた。
身は焦げ付き、そして崩れてゆく。記憶も、感情も、精神も、目に見えないほどの塵と化してゆく。しかし、心の奥の奥、本能の奥底へと捨て去っていたはずだった生への執着だけは、如月の中から消え去ることはなかった。生命の尊厳の全てが失われようとしている今、まだ死にたくないという思いだけが如月の全てとなった。
そしてそれさえも白濁し、如月の全ては闇へと落ちてゆく。深い深い虚無の闇の中に。
「ハーローゲーン!!ハーローゲン!!ハロー・・・・ピッ」
目覚まし時計の音で如月は目を覚ました。そこは破壊し尽くされたはずの部屋の中、しかし何事も無かったかのように平然としているいつもの空間だった。枕は昨日以上に濡れていて、シーツはもはやベッドの上にはなかった。しばらくは呆然としていた如月だったが、煙草に火をつけ、体の感覚の存在がはっきりとしてくるにつれて、さっきまでの出来事が夢であることを認識していった。
いや、もしかしたらさっきの出来事が現実で、今ここにいることが夢なのかもしれない。自分はすでに死んでしまっているのかもしれない。そう思わせるほどにさきほどの体験が如月にとってのリアルであった。如月はまさにあの灼熱の恐怖の中を生きていた。少なくとも今まであそこまで現実的な夢は見たことがなかったし、もっと言えば今まで生きてきて、あれほどまでに自分の生を実感したことはなかった。それは逆に今までの人生が、まるで夢のように現実感がなかったということを物語っているのかもしれない。
残された命はあと9の夢。しかし今の如月にとって何が現実で何が夢なのか、そして自分が生きているという自信さえも大きく揺らぎ始めていた。
ただ肺を巡る煙草の煙だけが、今の如月にとっての現実だった。
続九・・・かも。