◎恐話百鬼夜行 第四十一夜

229 2006/08/19

◆『簡易式…』         投稿者:M・Nさん 職業:調理師 年齢28歳

 最初は、ほんの出来心だったんです。

 きっかけは2年ほど前にやっていた深夜番組でした。
 30分枠の、どちらかといえばマイナーな番組です。もう終わってしまいましたが、全国ネットでやっていた番組なので、ひょっとしたら見たことがある人もいるかも知れません。番組の中に、視聴者からの投稿を紹介するというコーナーがあったんです。

 他に目立ったコーナーもなく、それがその番組の売りのひとつでした。

 投稿といっても、そんなに大したものじゃないんです。番組の最後にちらっと紹介されるだけで、視聴者が町でみかけた変な看板の写真とか、飼っているペットの変な行動を撮ったビデオだとか、そういった「ちょっと笑える、シュールな映像」を送って、採用されれば、景品がもらえるっていう。

 その番組を見てて、私も無い知恵絞って考えてみたんです。別に景品が欲しいって訳じゃなかったけど、自分にも何か面白い映像が作れないかなぁって。そうしたら、ひとつ、思いついたんですね、ネタを。あまり趣味のいいネタではないですが、私は自分で思いついた、そのネタをすっかり気に入ってしまって、早速準備に取り掛かりました。

 用意したのは適当な大きさの板と木の杭、それとロープが一本。これだけです。

 まず、板に釘で杭を打ちつけて、看板をこしらえました。
 板には適当なタッチで、手書きで「ご自由にお使いください」と書きます。これだけなら何の変哲もありません。公園の公衆トイレや水のみ場の前なんかによくある看板です。次にロープに取り掛かりました。こっちは看板よりも簡単です。一方の端を結び、丸く輪っかにするだけ。

 これで準備は整いました。後はこれを適当に配置して写真を撮れば、ささやかながら私の投稿作品の完成です。

 休日を見計らい、私は郊外の森に車を走らせました。適当なところで車を降りてロープと看板を担ぎ、森の中を少し散策しました。程なくして、探していたものは見つかりました。適当な大きさの、どっしりとした松の木です。地面から3メートルほどの所に、ほぼ水平に太い枝が張り出していて、私の目的にぴったりと合った木でした。

 用意したハンマーを使って、私は「ご自由にお使いください」の看板をその松の木の前に立てました。それから苦労して木の上によじ登り、大きく張り出した枝に片方が輪になったロープをくくりつけます。

 木から下りて、私は満足して自分の「作品」を眺めました。

 「ご自由にお使いください」と記された、即席の絞首台です。決して趣味のいいものではないと自分でも分かっていましたが、TVに映ればいくらかの笑いは取れるでしょう。

 ところが、いざ写真を撮ろうという段になって、私は少しためらいました。
 看板用の木材は近所のホームセンターで買ってきた物で、新品のきれいな板と杭でした。ロープはさほど気になりませんでしたが、寂しい森の中では、その真新しい看板がどうしても違和感のあるものとして私の目に映ったのです。

 考えた末、私は決心しました。少しの間‥‥少なくとも何週間かは、これはここに置いて雨ざらしにしておこう。そうすれば、風雨で看板の木も薄汚れて、荒涼とした雰囲気を演出できるだろう、と。

 もちろん、「もし誰かに見つかったら」という不安もありました。誰か良識のある人が、これを見つけたら腹を立てて撤去してしまうかも知れません。でも私としてはこれはただの悪戯のつもりだったし、例え見つかったとしても別に犯罪を犯してるわけではありません。そう考えて、そのことについてはあまり気にしないことにしました。

 看板とロープをそのままにして戻り、私は車で家に帰りました。
 それから少し忙しい日々が続き、気付けば私は自分のしかけた「悪戯」のことをすっかり忘れてしまっていました。
 ふっとそれを思い出したのは、それからちょうど一ヶ月後のことでした。例の深夜番組はまだ続いています。すぐに、私は車を走らせました。

 忘れていた一ヶ月の間に台風の時期と重なったこともあって、久しぶりに踏み入る山中は草が生い茂り大分様変わりしていました。私は途中少し道に迷いながら、趣味の悪い悪戯を探して山の中を歩き回りました。

 程なくして、それは見つかりました。
 でも、私はそれをフィルムに納めることはできませんでした。

 予想した通り、その場は荒涼とした雰囲気に変わり果てていました。
 白木で作った看板は灰色に薄汚れ、黒インクで書いた「ご自由に‥‥」の文字は風雨に、さらされてうっすらと滲んでいます。

 そして、木にぶら下げたロープには、看板を見た誰かが吊られていました。

 髪が長かったので、女性だと思います。後ろ向きだったので、顔はわかりません。
 まだ新しかったのかもう腐っていたのか、それも分かりません。
 ただ、ピクリとも動かないその様子から、もう死んでいるのは明らかでした。
 力なく手足をだらんと垂らしたまま彼女は枝をキィキィと揺らし一人で吊られてました。

 彼女が風に揺られてこっちを振り返る前に、私はその場から逃げて帰りました。
 怖くてたまりませんでした。今でも怖いです。そして警察に通報することも考えましたがそれも怖くてできませんでした。警察に通報すれば、あの悪戯が私の仕業だということが、分かってしまいます。厳密に考えれば、私のやったことは、自殺幇助になるのでしょうか?でも別に、罪に問われるのが怖いわけではないんです。

 私はほんの悪戯心で看板を作っただけなんです。でも、彼女を自ら死に追いやったものが何であれ、その原因の一端が私にあると思うと、怖くてたまらないんです。

 あれからもう2年になります。
 警察には届けていません。さりげなく新聞やTVのニュースにも目を通してますが、あの自殺者について何か書かれた記事にはまだ出会っていません。

 きっと、今でも彼女は森の奥で吊られているのでしょう。
 キィキィと枝を揺らしながら。

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