◎恐話百鬼夜行 第五十二夜

240 2006/08/31

◆『憑く』           投稿者:C・Tさん 職業:水商売 年齢39歳

 十年以上前の話なんだけど、その頃はバブルの絶頂期で俺は神戸のとあるカラオケパブで働いてた。で、その頃に同棲していた彼女の話なんだけど、彼女も俺と同じ水商売だったんだけど、ま、時間のすれ違いや、女関係の事とかで喧嘩もよくしたけど、それなりに楽しく暮らしてた。

 付き合いだしてひと月位経ったある日、俺が家に帰るといつもは先に寝てるはずの彼女が泣いてる。俺が「どうした?」って聞いても何も言わないでただ泣いてるだけ。俺も疲れていたし、その日はそのまま寝たんだけど、次の日も家に帰ると泣いてる。でも問い詰めても何も言わない。そんな事が何日か続き俺もいい加減頭にきて殴り倒す勢いで問い詰めると、彼女がようやく喋りだした。

「とおるが死んだ…」って。「とおる」ってのは彼女の元彼で俺と付き合う為に別れたので名前だけ知ってた。俺が「どうして?」って聞くと、とおるは彼女に未練があったらしく、まだ彼女にしつこく電話していたらしい。彼女も最初は俺に怒られるからと断っていたが、そのうち俺との喧嘩の事なんかを相談していたらしい。

 で、とおるが「そんなに辛い思いするなら俺が今から迎えに行ってやる!」って言って、その途中でバイクで事故って、死んでしまったと。

 それから何日かは彼女も泣いてたけど、そのうちだんだんと元の生活に戻りつつあった。でも、ひと月程経ったある日、それは突然起こった。夜一緒のベットで寝ていると、夜中に突然彼女が凄い勢いで飛び起きた。俺もびっくりして飛び起き、彼女に「どうした?」って聞いても、何も言わず虚ろな目をしたまま。

 寝ぼけてるのか?と思ってもどうも様子がおかしい。
 そんな事が何日か続いたある夜、俺がしつこく「どうした?大丈夫か?」と問いかけると彼女が虚ろな目をしたまま「ヒヒヒッ」って笑ったんだ。でもその声はどう考えても彼女の声じゃなかった。男のような低いくぐもった声だった。

 俺はそのとき思った。
 「これは、彼女じゃないと!」そのとき俺の頭にうかんだのは、「とおる」だった。俺が恐る恐る「とおるか?」って聞くと彼女は俺を見てニヤッと無気味な笑顔を見せるだけ。

 俺がしつこく「お前とおるやろ?なぁ!お前とおるやろ?」って聞くと彼女は、男の声で「そうや」って言ってまたニヤリと笑った。でもそのとき確かに俺は怖かったけど、彼女を何とかしないとと思い意外な程、冷静だった。それからとおるは、ほとんど毎日やって来るようになった。

 それから俺は「とおる」と少しずつ会話するようになっていった。虚ろな目をしたまま、何も話さない日もあったが、俺がしつこく話しかけるとなんらかの反応はあった。話す声は相変わらず男の声だった。

 ある夜俺が、彼女(とおる)に「お前何がしたいんや?」って聞いたら彼女(とおる)は話し出した。

 「俺はこいつのことが好きやから、一緒に連れて行こうって思ってんねん。
  だからお前は邪魔すんな!」

 俺はヤバイって思って、必死で彼女(とおる)を説得しようとした。それでもとおるは、あの手この手で彼女を連れて逝こうとした。
 ある日俺が仕事から帰ると彼女が台所のテーブルで無心で何かボリボリ食べていた。何を食べてるのか?と思って見てみると、それは彼女が医者から貰ってた睡眠薬だったり、また別の日仕事から帰ってくるとベランダの手すりの上に立っていたりと。でもなぜかいつも、ギリギリの所で俺が助けてた(あとから神社の神主さんに聞いたら、それは俺の守護霊が、とてつもなく強力だったらしい)。だから今度はとおるは邪魔な俺を殺そうとしてきた。

 さっきまで普通に喋ってた彼女がふらっとトイレにでも行ったのかと思えば、突然包丁を持って襲ってきたり。その時できた傷が(刺し傷なので、病院に行けずに、ほったらかしにしてた)がだんだん人の目みたいになってきたり)いろんな事が、ありました。あまりにも多すぎて省略しますが。

 そしてある夜、俺はとおるに、どうすれば諦めてくれるのか必死に聞いてみた。
 とおるとの会話の中で俺は、色んな事を聞いてみた。

 「お前は何処にいるんや」とか。
 とおるは「空と地上の間の真っ暗で何も無い所に居る」って言ってた。
 あと「悪いけどタバコくれるか?」って言って手馴れた手つきでたばこを吸ったり
 (ちなみに彼女はタバコを吸わなかった。後から彼女に聞くと、タバコの吸い方とか仕草もとおると全く同じだったそうです。しかもその当時俺は、ショートホープ吸ってたので、いつも正気に戻ると凄くあたまがクラクラしたそうです。)。

 そんな事が3ヶ月程続いたある日突然とおるが
 「俺もそろそろ諦めて行くわ」って言いました。
 「そのかわりお願いがあるねん。
  俺が彼女と一緒に買ったソファーあれ捨ててくれへんか?」って。

 俺は「わかったからちゃんと捨てるから、お前もちゃんと成仏してくれ」って言った。

 そのころには、怖いというよりも少し友達みたいな感覚だった。相変わらず俺や彼女を、殺そうとしてはいたけど。で、俺は次の日彼女と神戸港にソファーを捨てに行った。それでとおるも成仏したのか、その日から出てくることもなくなった。

 俺も彼女もだいぶ、まいっていたけどまた徐々に元の生活に戻っていった。でも、本当は終わりじゃなかった。それから、半年程経った翌年の春にとおるは突然戻ってきた。

 そのころ俺と彼女はつまらないことで、ほとんど毎日大喧嘩していた。付き合いだした頃には、まだそれなりに優しいとこもあった彼女だけどその頃の彼女は、喧嘩するとすぐ包丁持ち出したり「あんた殺してあたしも死ぬ!」みたいな感じで凄く気性が荒くなっていた。

 ま、俺にも悪いところは沢山あったんだけど。それでもおれは彼女の事が好きだったんで(本当は、新しい家探したりするのが面倒だったってのもあるけど)仲良くしようと思って彼女の4月の誕生日に指輪買ってたりした。そんな誕生日の前の夜にそれは始まった。

 夜俺がふと、目覚めると隣で彼女が上半身起こした状態でぶつぶつ何か喋ってる。
 「どうした?」って聞いても、虚ろな目でぶつぶつ喋ってる。

 俺が声を荒げて「おいっ!どうした?」って聞くと、彼女は「ヒヒヒッ」って無気味に、笑った。その声は、まぎれもなくとおるの声だった。

 俺が「とおるか?」って聞くと彼女はまた「ヒヒッ」って無気味に笑った。
 「お前とおるやろ?」って俺が聞くと、彼女は「そうや」って男の声でニヤリと笑った。
 「お前、成仏したんちゃうんか?何で帰って来てんねん?」って俺が聞くととおるは
 「明日こいつの誕生日やろ、だから会いに来たんや。
  それに俺やっぱりこいつの事諦められへんから連れて逝くわ。」って。
 そしてまた悪夢の様な日々が始まった。前にも増して強烈に。

 それからの彼女は、大分やばかった。風呂場で泣きながら手首切ってたり、飯なんかは、ほとんど口にしないようになっていた。ある夜、俺が苦しくて目覚めると凄い形相で(でも泣きながら)俺の首を絞めてきたり。俺も精神的に相当参ってきてたんで、彼女の母親に、事のいきさつを話した。

 それまでもわりと俺たちの事を気に懸けてくれ彼女の母親は親身に相談に乗ってくれた。そして「一度、神社にお払いに行きなさい。」って言って近所の割と有名な大きめの神社を勧めてくれた。

 そして日曜日に3人でタクシーに乗り神社に行く事になった。
 その日は、朝から彼女が「しんどいから行きたくない。」とか、トイレにこもり出てこなかったりしたそれでも無理やりトイレをこじ開けて何とか服を着させて強引にタクシーに、乗せた。タクシーの中でも彼女はガタガタ震えたり、「帰りたい!」って大声で喚いてた。タクシーの運ちゃんも、その異様な光景にかなりびびってる感じだった。そして神社の前でタクシーから降りて中に入ろうとすると、彼女は一歩も動かなくなった。

 俺と彼女の母親とで両手を引いても凄い力でビクともしなかった。俺は彼女を、無理やり抱きかかえて連れて行こうとすると、彼女は野太い男の声で

「離せっ!触んなっ!離せーっ!」

 って叫んで凄い暴れ方をした。顔もこの世の者とは思えないぐらい凄い形相だった。その日は日曜日だった事もあり、かなり沢山の人が周りに居たが俺はなりふり構わず彼女を抱きかかえ神社の中に入っていった。彼女はしばらく暴れて俺を殴ったり引っ掻いたりしたが、境内に近づくにつれ段々ぐったりしていった

 その時一つ不思議な事があったんだけど、俺が彼女を抱えて神社に入って行くとき、俺の耳に凄い音量でお経(祈祷?)みたいのが聞こえ出した。それとともに彼女も段々大人しくなっていった。神社の本堂に上がり中に居た神主さんは、俺が抱えている彼女を見るなり、全てを察したように「大変だったでしょう。」と優しく微笑んでくれた。

 そして俺は座布団の上に彼女を寝かせ、今までの事のいきさつや、さっき聞こえたお経の事を神主さんに話した。すると神主さんは、「それは、あなたの守護霊が凄く強力な力で、あなたを守っているからですよ。」と言ってくれた。

 それから「普通の方ならとっくに二人とも取り殺されてますよ。」とも言った。そして、すぐに彼女への祈祷が始まった。祈祷の最中も彼女はぐったりしたままで暴れたり叫んだりすることもなかった。それでも顔つきは穏やかで、何だかすやすや寝ているみたいだった。

 一時間ぐらいに亘り祈祷は続いた。祈祷が終わると神主さんは、俺と彼女の母親を、別の部屋に連れて行き、二人に静かに話し出した。彼女に憑いてるとおるは、相当に念が深く、今日、明日には良くならない事や、とおるが現れなくなった後も喧嘩が絶えなかったのも、全てとおるが原因だった事など。そして神主さんは、こう言った。

 「あなた達は一緒に居ない方がいい。いずれはあなたもやられてしまいますよ。」って。でも俺は彼女の母親の手前「それはできません!」って言いました。
 でも彼女の母親は優しくそれでもキッパリと俺にいいました。
 「あんたたちしばらく離れて暮らしなさい。○○はあたしがちゃんとするから。」って。

 俺は正直そのとき少しほっとしたのを覚えてる。そしてその日は彼女は母親の元に帰り、俺は友達に頼んでその日のうちに荷物をまとめて彼女のマンションを後にしました。

 それから何ヶ月かは、俺の勤め先に彼女から一日に何十回も電話があったり、店の前で、待ち伏せされたりしました。彼女の母親にも何度か相談したりしてたけど彼女の母親が言うには、その頃の彼女は半分ノイローゼみたいな状態だったそうです。

 そのうち電話も無くなり、俺も店を変わったので、その後彼女がどうなったのかは解からないけど、人づてに聞いたところによると何処かの病院に入院したそうです。あれから十年以上が経ち、今となっては何処でどうしてるかは全くわかりませんが、後にも先にもあんな体験は無いだろうと思います。

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