◎恐話百鬼夜行 零六年度最終夜 序章
241 2006/08/31
なぜ人は恐い話を求めてしまうのでしょうか?
え?日常が平々凡々で刺激が無いから?有り得ない世界だから?非日常が好きだから?
果たしてそれだけの理由で人は、恐い話を求めてさまようのでしょうか?
ニュースを見れば、やれ殺人だ、やれ強盗だ、やれ強姦だ、と目を覆いたくなる恐い話が、そこかしこに存在するのに、なぜに、恐い話を求めるのか?
答えは簡単です。
我等の中に宿る魂の半分は闇の遺伝子で構成されているから。よくよく考えてみると我等がこの世に生まれるその瞬間まで、母親の体内にいる訳で、母親の体内と言う事は、暗く光の届かない世界にいる訳で、自ずと肉体、もしくは細胞レベルで闇の酵素が入ってると考えるのが妥当と考える。
ゆえにその光の届かない、暗く恐い世界が、魂の中心核において、懐かしい場所と認識しているかもしくは死後に帰る場所であると認識がある為、ついつい闇の話=恐い話を、求めてしまうのではないかと、少ない私の知能がそう導きだすのだ。
さて今回でもう3回目の恐話百鬼夜行、如何だったでしょうか?少しは背筋に冷たいものが感じ、暑苦しい夏を快適に過ごせたでしょうか?今宵送る今年最後のお話しは、前回同様に「読み終えると呪われる」つまり「見る見ないは自己責任で」というお話しです。
このお話しは、とある場所で語られ、表に出ないはずの話しだったようでです。がしかし、あらゆる情報はネットに広がる、そんな現代のネット事情が招いた流出してはならない門外不出の話しであります。
前回同様の書き方で本当に申し訳ないのですが
この話しを読んで、体調を崩したり、怪我をしたり、
さらには死に至る事があったりしても一切、如月は責任を負いません。
これは脅しや恐怖の演出の為の語りではありません。
本当に上記のような状況に陥りたくなかければ読まないで下さい。
本気の警告です。もし呪われても死んでも良いと言う方はどうぞ
御自由に閲覧して下さい。無理に勧めません。以上です。
ついつい恐い話を届けたい。もっともっと恐い話を。そう願えば願うほど、危険や曰くが、べっとりと付いた話しを紹介してしまいがちになってしまいます。
これはもしや、恐い話しを沢山読んでもらいたいと言う、サービス精神の裏に隠れている、闇の遺伝子の陰謀なのかもしれない…。もう既に私は理性を失い戻れない世界に入っているのかもしれない…。もちろんそれはこのページを見ているあなたも…。
それでは、どうぞごゆっくりと………………………………………
また、あとで会いましょう。