◆うさぎびと様より◆

◎ゆきこい

 男は、雨を待っていた。というより、雨に賭けていた。
風は冷たかったけれど、雪が降る気温がわかるほど彼の感覚は敏感ではなく、
見上げた空は雲が覆えど、白とも黒ともとれない、実にいい加減な色をしていた。
「雪、降るといいですね。」
 男は隣から発せられた声に驚いた。別にここはバス停なので他に人が居ても
おかしくはないのだけれど、まさか声をかけられるとは思ってもみなかった。
どうやらあまりに熱心に空を覗いていたので、雪を待っていると勘違いされたようだった。
始めは鬱陶しかったので無視するつもりだったのだけれど、相手が割と美人だったので
男は少し話をする気になった。
「いや、友人と賭けをしているんですよ。今年の初雪が今日降るのかどうかを。
 雨が降れば俺の勝ちなんで、むしろ振ってもらうと困るんです。」
「そうだったんですか。私はてっきり今日降って欲しいから雲を見ているんだとばかり
 思っていました。でもどうしてそんな賭けをしたんですか?」
 見れば彼女も手に紙袋をぶら下げていた。男と同じくそこの商店街で買い物を
していたようだ。同じバスに乗るところを見ると、もしかしたら家も近くなのかもしれない。
下心があったわけではないにしろ男の興味を描きたてた。もう少し、バスが来るまでくらいは
話がしたくなった。
「俺は雪が嫌いなんです。冷たいし、積もると邪魔だし、道は歩き辛くて危ないし、
 何より滑るから。」
 彼女は興味深そうに聞いていた。元々男は寡黙な方で、人見知りもしたが、この時だけは
何故だかとても自然に話す事が出来た。もしかしたら、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

「でもそう言うとアイツは怒るんですよ。雪はスキーも雪合戦も出来るし、何より
 朝日で光る雪原とか、暗闇に音も無く降る雪とかすごく綺麗でステキじゃないかって。」
 女は彼とその友人、どちらの言う事も一利あると思った。彼の言うように現実的に
雪というものは人々の障害となり、時には命まで奪う。けれど、人が昔から雪の美しさに
惹かれているのも確かな事だから。けれど一つの疑問が浮かんだ。
「もしかして、その友人って、女の人ですか?」
「そうですが、どうしてそう思うんです?」
「いえ、その人男の人にしてはロマンチストだなって思ったんですよ。」
それに、その人の事を話す彼の表情が、とても活きていてあったかかったから、
とはさすがに言えなかった。女が感じるほど、彼の自覚は薄かったようだったから。
「それで結局言い合っても勝負がつかないんで、賭ける事になったんです。
 今日雪が振るか降らないかって。」
「それって今日でないといけなかったんですか?」
「アイツが今日だって言ったんです。賭けの話は3日前で、しかも昨日まで今日は
 晴れって予報だったのに。」
どうやら彼は今日が何の日か気付いていないようだった。正直その彼女に同情したくなった。
彼女の為にも、今雪が降ればと女は思った。

一瞬、二人の頬が熱を奪われた。女の言葉を聞いてか聞かずか、白い結晶が降り注ぎ始めた。
二人は言葉を失った。
そしてすぐに、バスが到着した。女はすぐに乗り込んだが、男は何故か商店街の方に向き返していた。
「どうしたんです。乗らないんですか?」
男は振り向かずに片手を上げて答えた。
「賭けに負けたから、俺はアイツの欲しい物を買っていかないとならないんです。
「それは素敵ですね。」
「え、何でですか?」
何故なら今日は、
「だって今日はクリスマスですよ!」

雪は、静かに街に注いでいた。誰かの願いを乗せて、誰かの思いを乗せて、誰かの幸せを乗せて。




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