一式戦闘機 「隼」 研究所 The Japanes Army Type 1 Fighter Hayabusa (Ki-43 Oscar) Research Labo.
隼一型 空中射撃術  The Japanes Army Type 1model 1 air gunner manual

※ 手持ち資料(オリジナル版)東宝映画「加藤隼戦闘隊」オリジナルスナップ写真集より。オリジナルスナップ写真集は東宝からこの映画に協力をした陸軍関係者に配布されたもの。1944年3月





















































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































■空中射撃について

 空中勤務者は機銃もしくは機関砲により敵機を撃墜し、制空することが目的となります。そのことによって、敵地の爆撃や船団護衛、上陸支援等を行うことが可能になります。

 空中戦の要領は陸軍でも海軍でも見張り、つまりいかに敵を敵に先んじて発見し、攻撃するかが重要となます。エースと呼ばれる一握りの空中勤務者あるいは搭乗員は視力及び動態視力に優れ、索敵力が抜群であったことは各種の戦記物を見れば明らかです。

 索敵とは具体的にはどういうことなのでしょうか。実戦において、全長約8m程の戦闘機の機体は視力2.0の人間でも認識できる距離は約8kmと言われています。認識といっても、もっとも大きい胴体のみが点で見える、といった具合です。シミュレーションゲームのように遠くの敵に英語の名前が浮かんでいるということはありません。
 
 仮に8kmでお互いが敵機を認め最高速度500kmで接敵した場合、秒速278mになりますので、約29秒後には衝突ということになります。したがって、点で敵を発見してからの戦闘というのは全く余裕がないものなのです。したがって、敵を先に発見した場合の体勢が重要で敵より上位に占位するのが必要になってきます。

 敵を発見した場合、戦闘機の場合には後ろ上方、爆撃機については前上方に占位するよう、雲や太陽を利用し見つからないように接敵することがなにより重要になります。敵機を攻撃出来る位置に占位した時には機首に向けて突っ込み、精密な照準をしてから射撃を行うようにします。


■照準眼鏡(ガインサイト)

 精密な射撃を行うにはガンサイトつまり、照準具が必要です。一式戦闘機「隼」一型の照準具は照準眼鏡となっており筒型をしていますが、その実際の見え方、使用方法についてはあまり紹介されていませんので、ここで紹介することにします。照準眼鏡は空中勤務者からはオイジー(O.G.)式照準器と呼ばれていました。オイジーとはドイツの光学メーカーで空中勤務者はオージーと呼んでいましたが、ここでは取扱説明書通り照準眼鏡と呼称します。
 
 ちなみに照準眼鏡について実物は結構大きく、重いもので倍率は1×1となっています。なぜ、倍率が1倍で良いかというと先ほどの通り戦闘では互いに高速で動いていますので、倍率が高くてはすぐ敵機を見失う恐れがありますし、射弾についても見越し射撃をしなければ弾も当たらないため、少しでも広い範囲を見ることが必要であるからです。
 
 なお、戦闘時以外は下の写真にある弾丸型のキャップは閉めておきます。このキャップは高速飛行時の眼鏡の空力特性を良くするものではなく、制式には「油避け」と呼ばれており、前方にある発動機の排気管から飛んでくる航空鉱油(オイル)がレンズに付着しないようにするものでした。


■照準眼鏡の覘き方

 照準眼鏡を片目で覗いて片目を閉じているように見えますが実際はもう片方の目も開いて周囲を警戒する必要があるいます。以外に思うかも知れませんがOPLつまり光像式射爆照準器でも同様で、百式射撃照準器(100式射撃照準器)、3式射撃照準器を覗く場合でも片目で見ることが必要です。






実物でのオイジー式照準眼鏡の見え方。


■光像式(反射式)射撃照準器(ガンサイト)
光像式射撃照準器は現代の第五世代戦闘機でも使用されているHUDヘッドアップディスプレイの祖となる、重要な照準技術です。光像式射撃照準器は1900年に屈折式及び反射式天体望遠鏡の設計者として高名であったアイルランドのダブリン生まれのハワード・グラッブ卿によりその理論が構築され、特許12108「銃のための照準装置の改善について」として、認められました。翌年、英国の学会誌に「新しい大砲及び小銃のための光学望遠ガンサイト」として発表もされています。

その構造はというと、下図のように太陽光を導管から導き入れ、クロスマーク(レチクル)を対象物に表示するものとなっています。具体的には、太陽光を導管から導き入れ、照準基線(レチクル)がエッチングされた不透明ガラスを太陽光が通過することで、エッチング部分のみが照準器接眼部・底部の鏡にクロスマークとして反射し、基準器先端の透過型ガラスレンズに屈折され、最後に後方部の接眼部のガラスレンズを透過することで、対象物にレチクルが置かれて見えるものです。その後、太陽光を導入する直管部分は電球が入った電球室と置き換えられています。




最初に航空機用の光像式射撃照準器を開発されたのは1918年で、先ほどの照準眼鏡のメーカであるオイジー社となります。
日本においては、東京・青山にあったシンツィンガー&ハック商会がハインケル He112 とともに、Revi 2b射撃照準器についても海軍航空本部へ取扱い説明書とともに仲介し、航空廠(海軍航空技術廠)兵器部へ収めています(フリードリッヒ・ハックの数奇な運命については別の機会に紹介したいと思います)。
その後、皆さんがご存知の通り、航空廠の指導のもと富岡光学機械製作所(現在の京セラ)を中心として光学機器メーカ各社がノックダウン製造を行うようになりました。


■100式射撃照準器(ガンサイト)

一式戦闘機「隼」が使用していた光像式射撃照準器は100式(百式)射撃照準器となり、これは一式戦闘機「隼」のみならず二式単戦「鐘馗」及び二式複戦「屠龍」、三式戦「飛燕」、四式戦「疾風」(初期)が装備していました。なお、百式射撃照準器の"百式"とは陸軍での制式採用年度が1940(昭和15)年、つまり皇紀2600年でしたので、制式武器の命名規約に従って、"百式"と呼称されるようになりました。




その構造はRevi 2bとオイジーをアレンジした形態のもので、電球室に収められた28V20Wのダブル球から得た光源を3群の凹凸レンズで集光・整えて分畫板(分画板−レチクルを抜いた黒いベークライト)を通し、下部斜めの反射室で鏡によって反射し、大レンズで調光して反射ガラス板に映し出すものです。

原理的には至って簡単なように記載していますが、実際には3群の凹凸レンズ及び大凸レンズのゆがみの無い結像とするレンズ技術は、高度な光学技術を必要としましたし、フラットな透明ガラス板でさえ、大変な手間をかけて二重結像がでないように職人が磨いて仕上げたとされています。



Type100 Japanese Army Reflector Gunsight
透過ガラス、レンズ、彩鏡、電球、、緩衝用ゴム等全てオリジナル。富岡光学機械製作所(現在の京セラ)製のマークが付く。
東京光学機械株式会社(現在のトプコン)のマークとは混同しないよう注意したい。


彩鏡については特殊なサングラスのことで、取扱い説明書では「電纜(電源ケーブル)の接続を確かめ光源用抵抗器を"点"の方向に回すとき前方空間に照準環が見える。背景が明るすぎるときは彩鏡を立てる」としており、周囲が明るすぎる場合にはこの彩鏡を立てるとレチクルが良く見えます。なお、これにより敵機の視認性が悪くなるか、といえばそうではありません。情報として重要な波長の光は透過するようになっています。

なお、レチクルの形についてはオイジー式のレチクルと同規格として、今までの射撃に関する教育や実戦で蓄積した知識、見越し射撃に必要なパラメータなどそのままに使用できることに貢献しています。




百式射撃照準器を実際に点燈させています。


また、同時代の英国機や米国機が使用したGM2 MkU リフレクター ガンサイトと比較すると、100式射撃照準器は敵機との距離を測定するレチクル調整機構を持ち合わせていません。GM2 MkU リフレクター ガンサイトは水平レチクルの表示幅・調整用リングを二段持ち、上段のリングは敵機に対する攻撃距離を、下段のリングは対象の敵機のWingspan(全翼長)を入力(リングを回転させて設定)すると、水平線レチクルの幅が入力に応じて伸縮し、その幅に敵機を収めることで敵機との距離を距離を正確に把握できる仕組みを実装していたことにより、射撃精度を向上させることができました。

つまり、100式射撃照準器は世界の先端技術から機能的には一歩遅れを取っていたことが伺い知ることができます。また、海軍零式艦上戦闘機に搭載されていた98式爆射照準器との比較においても、98式爆射照準器については、レチクルの色を変化させるカラーフィルター(赤と白)を切り替える機能が実装されていましたが、100式射撃照準器にはそのような機能は搭載されておらず、これも機能的に遅れを取っていたと言われる所以です。


■百式射撃照準器のメンテナンス
光像式(反射式)射撃照準器について陸・海軍の搭乗員や空中勤務者から、「日本軍の射撃照準器はよく壊れた」つまり電球切れを起こしたとされていますが、光量を得るため大きなバネ状のフィラメントを持つ構造上、やむ得ない所があり、これは敵国の状況も全く同じです。

例えば、一式戦闘機「隼」と戦ったスピットファイヤ戦闘機で使用されたMarkUガンサイト(米国陸海機でも使用)ですが、これも予備球を3個持っていました。


写真はスーパーマリン スピットファイア(Supermarine Spitfire) F Mk.XIV(1944-)のコックピットです。
射撃照準器の予備球が3個セットされているのが判ると思います。


飛行中は問題ないのですが、整地されていない飛行場をガタガタ長く続く離着陸の振動は激しく、射撃照準器は直接機体に装着されている関係上、この振動によりフィラメント切れを起こすのです。

一式戦闘機「隼」二型の取扱い説明書でも、電球は20時間点検を実施してフィラメント切れを確認していました。点検と言うのは百式射撃照準器へ装着した電球はダブル球のソケットを持ったダブル電球であり、片方が切断しても、もう一方のフィラメントが持ちこたえれば故障は発生しない二重構造になっていたことによるフィラメントの確認点検です。このような二重構造であり、機付がマメに確認していれば故障は発生しないため、「電球切れは起こらなかった」としている空中勤務者もいます。

また、レンズの保護のため、飛行後は必ずレンズ覆いをする他、羽毛(昔のマンガ家が良く使っていたタイプ)や清潔な布で光学的清浄を保つよう指定がされていました。





■空中射撃はアートか数学か
ドイツ空軍の158機撃墜記録を持つエース、ハンス・ヨアヒム・マルセイユ空軍大尉・通称「アフリカの星」の射撃は、何もいないところに機銃を撃つと、まるで吸い込まれるように敵機が飛び込んで落としたと、それはまるで芸術のようだったと言われています(偏差射撃ですね)。

日本の陸・海軍航空隊のエースを書いた戦記物でも、実際の射撃については、「相手機体の先方空間を狙う」と言うような記載が多く、時には鬼神にも劣らない気迫、"神技"で敵を落とした、という物理理論より経験・アートで射撃を行うような印象を持たれた方が多いと思われます。

では、射撃はアートなのでしょうか。空中射撃術について詳細に解説したムック本はあまり出ていませんので、ここで簡単に陸軍戦闘機乗りの戦技訓練・教育を行うための施設、明野陸軍飛行学校で編纂された「空中射手必携」昭和17年5月改定版(一式戦、二式単戦、二式復戦の射撃まで記載)を元に解説したいと思います。

このハンドブックは大正15年1月から版を重ねること9回ですが、一貫して第1頁は「実用公式集」が掲載され、まずは公式、飛行機の主要緒元、照準器の分画環緒元、機銃・機関砲緒元、銃弾弾道高、目標修正量等多くの数式を理解・暗記することを要請されます。
具体的には目標修正量、目標修正角、目測量、射手修正量、環の半径、移動照星の調整などです。

以外にも論理的な射撃理論を説明した指導書の歴史は古く、大正12年(1923年)陸軍の明野で書かれた空中勤務者用教本を持っていますが、同様に射撃理論は数学的・物理的にアプローチするのが基本であるというスタンスです。
したがって、ハンドブックの中身はテーブル(表)や進路角測定図表等で埋め尽くされ、実戦で射撃技術を磨くことで生死が決定する空中勤務者以外には退屈なものでしょう。

下の図を見て下さい。これは百式射撃照準器の視界分画図です。レティクル(白い線のことです)が分画されていますが、補記されている朱書きの線と数値を見て下さい。千分の幾つかで表示されていると思います。





■空中射撃理論

例えば最外環は222/1000で表示されています。分子の222と言う数値は1×222で222ミルとなります。ちなみにミルという単位は主に軍事関係で使われる角度(平面角)の単位で (360/2000π)=約0.0573度、円周は約6283ミルとなります。そのため、sin(0.001rad) ≒ 0.001 となる考え方です。

ちょっと分かりにくいですよね。これを簡単に言うと1ミルとは1km先の1m幅の物体であることを示すものです。もし、百式射撃照準器の最外環一杯に写る222mの物体があった場合は、それは1km離れた場所にあると言うことなのです。

そのため、上図の百式射撃照準器視界図は射撃照準器を使って空中射撃を行なう理論を理解する上でとても重要な図です。レティクルの様々な箇所をミル角で分画しているのがわかると思います。なぜ、こんなに書いてあるのでしょうか。つまり、照準器に写った映像についてミル画の数値が把握できれば物体の大きさや距離が分かってしまうからなのです。




★目標物の大きさが分かっている場合(目標物までの距離が分かります。)

目標物までの距離=目標物の大きさ×1000÷射撃照準器に書かれたミル角

例:目標物の機体の全長が(10m)が100ミルに入って見えた場合は、
10m×1000÷100ミル=100m 目標物の機体までの距離は100mという事になります。




★目標物までの距離が分かっている場合(目標物の大きさ分かります。)

目標物の大きさ=射撃照準器に書かれたミル角×距離÷1000

例:200m先に建物があり、高さが60ミルであった場合は、
60ミル×200m÷1000=12m 目標の建物の高さは12mという事になります。




そのため、射撃においてはウイングスパン(翼幅)や全長など敵機の緒元を正確に把握しておくことがとても重要なのです。また、陸・海軍の敵機についての当時の諸元資料は多く残っており、それは正確なものでした。


■百式射撃照準器を使用した実際の空中射撃理論

では、百式射撃照準器を使用した実際の空中射撃で見てみましょう。下図は射距離100m、自機が直進するのに対して90°スピットファイヤーが直交して横切るとした場合の例です。スピットファイヤーの機体長は約9.1mですから約90ミルの大きさで見えることになります。つまり百式射撃照準器で見た場合、最内側分画の直径より若干大きい程度の大きさで見えることになります。





でも、これだけでは空中射撃は完成しません。我・彼(自機と敵機)の速度を加味しなくてはならず、これは射撃にとって複雑なパラメーターの要素になります。そのため、これを容易に識別可能とするため、百式射撃照準器にはレティクルが幾重にも表示されるのです。

下図は百式射撃照準分画環図です。これもとても空中射撃に重要な基本図で前提は自機の機速0m、敵機との距離300m。最外分画環は300m環となっています。仮に自機が空中に静止しており、敵機の機速が300kmである場合、最外側の環に敵機の機体中央が差し掛かった場合に機関砲の押鋲(ボタン−スロットルバーの先端にあります)押した場合、一式曳光徹甲弾(防弾鋼板を貫通)・マ102弾(特種焼夷弾−燃料タンクを燃焼)・マ103弾(炸裂弾−機内に進入後、遅延爆発して乗員や装置類を破壊)が1:1:1の割合で分画中心点(X)に敵機の機体中心が到着する、ということを図示するものです。






これを実際の作戦時に置き換えるなら、射手機の速度(自機の戦闘速度)が360km/時、敵機の速度が巡航速度300kmである場合には、撃ち始めが最内側分画にさしかかる前から、機関砲の押鋲(ボタン)押さなくてはならない、ということになります。




このように、複雑な物理数式を簡単に省略して記載したのですが、空中射撃の理論がなんとなくお分かりいただけたでしょうか。このように百式射撃照準器の分画環緒元以外にも機銃・機関砲緒元として銃弾弾道高、目標修正量、目標修正角、目測量、射手修正量等を机上講習で何度も演習して頭にパターンとして叩き込み、吹流し射撃で演習し作戦時には直感的に一瞬で打ち始めを判断できるようにすることが必要になります。

戦闘機の空中勤務者の選抜がとても厳しいのには理由がありますし、射撃を説明するのも最終的には直感となりますから、戦記などでは前記のようにシンプルな書きぶりをしているのが多いのです。



■照準線(レティクル)の見え方

 レティクル(照準線)見え方の実際については下記のようになります。ムック本や他の専門サイトの解説と違うこと思われたと思います。オリジナルはもとより、武装作業(一式戦闘機)、空中射手必携にも下図のような見え方で武装作業について指示がなされています。また、空中勤務者についても、下記のような見え方を本に書いていますが、なぜか、間違った描き方が常識として流通しているのが残念です。




■照準眼鏡のレティクル(照準線)の見え方1

 相対距離33mの見え方となります。


■照準眼鏡のレティクル(照準線)の見え方2

 相対距離50mの見え方となります。


■照準眼鏡のレティクル(照準線)の見え方2

 相対距離100mの見え方となります。



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